表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚無なありきたり 〜別乾坤奇譚〜  作者: 犬冠 雲映子
ンキリトリセン(ミスの決別と清楚凪 錯迷の襲来編)
143/162

みすちゃんのあやまちはまちがって ■■

ミス(Miss)ちゃんシリーズ、一旦区切りになります。

 あれからは家族団欒(だんらん)を過ごし、思い出話に花を咲かせた。小学生の運動会はどうだったとか家族旅行でのちょっとしたアクシデントとか。初めて反抗期で大喧嘩をしたあの日。

 母親が作ってくれたスープを食べ、ミス(Miss)は自室の使い慣れたベットで横になる。

(もう怖い事に怯えなくていいんだ。お母さんとお父さんと暮らして…)

 ひどく安心する匂いにつつまれ、なぜだかお腹が空いた。スープを食べたのに。

(緊張してたんだなぁ…)

 今までロクに食欲もわかなかったから、だから腹が鳴るのだろう。

(…早く、名前を思い出して…)

 睡魔に飲まれそうになっているとリビングから何やらヒソヒソと話し声がする。二人が話しているのだろうか?

 あの二人は仲が良かった。寝る前に会話をしているのをよく目にしていた。懐かしい、と思いを馳せていると──ガシャン!と似つかわしくない音がする。

 罵声が飛び交い、やがて静寂に包まれる。飛び起きてリビングへ向かうと、母親が鈍器──鉄製の、中東で崇拝された牛の民芸品を片手に佇んでいた。床はガソリン臭く、父親は血を流して佇んでいる。

「■■ぉ…」

 うわ言のように、父親が死にかけている。

「お、お母さん?!何しているの!?」

「そこに手紙があるからそれを持って、自室へ行きなさい。押し入れがあるでしょ。開けてみて」

「え…?」

 そうこうしている内に母親も自らガソリンを被った。止めようとしたが泣きそうな彼女の顔に動けなくなる。

「早く。火をつけるから」

「止めて!」

 火付け棒を手に脅され、棚から可愛らしい柄の封筒に入れられた便箋を取り出した。『見知らぬ貴方へ』と達筆な文字で書かれている。

(え?え?)

「きっと…貴方を育てた世界があったんでしょう。私も不思議と貴方を懐かしく感じるもの…」

「…お母さん」

「そんな顔をしないで。しゃんとしなさい」

 火が付けられ、辺りが一瞬で赤く熱くなる。あの悪夢みたいだ。

 目を逸らしすように、自室へ走る。そして押し入れを開けると何体もの腐乱死体が折り曲げられるように収納されていた。皆、女性であり、子供もいる。

 顔には全部、『炉路』と書かれていた。父親の下手くそな文字。

(──思い出した。私の名前は炉路(ろろ)…)

 変な名前だ、と小学生の頃クラスメイトにバカにされたりもした。火がついていて不吉だ、と占い師にも言われたりした。しかし自分自身にとっては唯一無二の存在証明であったのだ。

 ミス(Miss)は心に火が灯った気がした。全てを焼き付くしてもいい、それくらいの感情。

(不思議と嫌じゃない。私の持っている、力)

 ひどく安心する匂い──咋噬 南闇と共に過ごす中で常に充満していた血と肉の死臭。お腹が空いていたのは死体が近くにあったから。

(お母さんとお父さんの、『愛情』を燃やさなきゃ)

 便箋をワイシャツの下に忍ばせ、祈る。燃えてしまえ。全て。

 人間であった頃のあと引く思いも。揺るぎない我が家も。

 烈火のごとく、団地が発火する。爆発せんばかりの光と熱が周囲をくべる。


「おや、ミス(Miss)ちゃん。帰ってこれたのかい?大火事が起きたって聞いたよ」

 至愚が白々しく廃屋で毛ずくろいしている。横には疲労困憊し、座り込む南闇がいた。廃屋は爪痕でギタギタになっている。

「シバいてたら朝になっちゃったんだ」

「は、はは…ガラス片、ありがとうございました」

「バレてたかー。ま、良かったよ!心做しかスッキリした顔をしてるからさ」

 それ以上は詮索しないよ、と彼女は言う。そしてのそのそと部屋の奥から死体を取り出してきた。彼女曰く知り合いの葬儀屋からかっぱらって来たらしい。

「腹が減ったろう。くいな」

「は、はい」

「み…ミス(Miss)さん、人肉を食べるんですか…」

「は…はい!」

 頑張って口にした人の肉はまずかったが、ある部位だけは美味しいと舌が認識した。──脳だった。

「へえ。脳ですか」

「脳かあ〜。お嬢さんは珍味派だったかぁ〜」

 至愚が面白いと認めてくる。脳が美味いと感じるなぞ酔狂な輩なのだろうか。

 無意識に飢餓状態にあった体に従い、空腹を満たしていると南闇は笑顔を貼り付けたまま、長い息を吐いた。

「やはり僕は人を世話できるほど器用じゃない。至愚さん。二度とシバかないでくださいね」

「やり返せば良かったものを」

「後が怖いじゃないですか」

 二人の間にはある程度の時間と信頼があるようだった。彼女は何者なのだろう?

「…あ」

 胸に忍ばせていた便箋は焼け焦げて、もはやボロっカスであり読めなくなっていた。残念だ。

(今更…引き返せないのだから)

 母親は旅立ちの際、同じ言葉で送り出してくれた。だから、もう振り返るのは失礼な気がする。


 ミス(Miss)は知らない。便箋に綴られた母親の呪詛を。

 世界が変わっても変わらぬ、母親へ行ってきた父親の暴力やモラハラの秘密を。

 何も知らずに育ってきた無知で愚かな事実を。

ミス(Miss)ちゃんは純真さを保ったまま成長していってほしいキャラです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ