みすちゃんのあやまちはつづく
ミス(Miss)ちゃんシリーズです。
──…良いですか?ミス(Miss)さん。人が優しい顔をして近づいてくるのは、ワケがあるならなんです。
父親のあの時見せた、嘘くさい笑顔が夢の中で炎で照らされている。
「■■〜!こっちにこ〜い!」
手を振っている。辺りは一面燃えている。それなのに満面の笑みでこちらへ呼びかける。
「お父さん?違うよ!私の名前を呼んでよ!」
頭上にふた子玉川駅の駅舎がある。ならこれは多ま川だ。
今なら喰われかけた時のやり直しがきく気がして、多ま川の父親の元へ向かおうとした。
「──」
誰かに呼ばれた。振り返ると人がいるではないか。
南闇に似た男性が河岸でこちらを眺め、首を横に振った。あの奇妙につり上がった笑みでは無い。初めて彼の素顔を目にしたような気がした。
あれは咋噬 南闇の『生前の姿』なのか?
ワイシャツはヨレヨレで手首には痛々しいほどの縛られた傷と、頬や額はぶたれたのが赤く腫れていた。
全身痛めつけられた彼は悲愴な感情を訴えてくる。
「こっちの無迯垢蝨ー湯は甘いぞ〜!天竺が待ってるぞ〜!」
優しい父が意味が分からぬ言葉を吐く。不自然に穏やかなものだから不気味で南闇のいる方へ足を進めた。水が質量を含み重たくて足が動かない。
「■■。おばあちゃんだよ。こっちへおいで」
「久しぶりー!元気にしてた?!せっかく会えたんだから話そうよ!」
バイク事故で死んでしまった友人の声が背後からする。まさか、あちら側は死の世界なのか?
「どうして、皆、あっちにいるの」
大好きだったおばあちゃんも。仲が良かった友人も。
皆、あちら側へ言ってしまった。
「南闇さん!私はなぜ、あちら側へいけないの?!」
痣だらけの青年は何かを口にした。しかし前歯が折れているのだけしか見れない。あれだけの苦しみを経験してもなお、苦悩が見え隠れする彼を。
彼に何があり、今の彼になったのか。
「話してよ!南闇さん!」
「なら、腹を括るんだ。ミス(Miss)。あの川のどちら側の岸にいくのか。そして両親を解放してやれ」
至愚の声がして飛び起きた。手錠が皮膚に食い囲む。
まだ残暑だ。汗をかいてもう動けないほどに衰弱していた。
「南闇。アンタは自分にされた事を他人へやるのが性癖なのかい?」
壁一枚隔てた向こうから咎める至愚の声がした。どうやら本当に来ていたようだ。
「ああやって監禁して死姦でもするつもり?さすがは調教済みだね」
「下世話な事を言うな。僕はルール違反を分からせてやっているだけだ」
「ふぅーん。ならてっきり土に埋めるかと思ったよ。洗脳ってのは怖いねぇ。…南闇。元はアンタがこの世界に引きずり込んだんだ。責任をとれ」
「とっているでしょう。あれだけ世話をして──」
「タブーを冒したくせに、甘えるんじゃないよ」
ぴしゃりと主張を跳ね除けられて、彼は黙りこくった。
「生者を同胞化させるのはアンタらのタブーだろう」
(…タブー?南闇さんもタブーを?)
ミス(Miss)は耳を澄ます。彼は微かに息を乱して取り乱している。常時冷静沈着を装ってきた南闇にしては珍しい。
「ミス(Miss)に人肉を食わせろ。アンタの異能では無理だろうけれど、な」
マジカルシャベルとかいう異能しかない、アンタにはね。そう罵られ彼は「いい加減にしろ」と声を荒らげた。
(あれ、マジカルシャベルって名前だったんだ…)
魔法少女みたいだ。
とりあえず、足にあるガムテープを剥がそうと悪戦苦闘してみる。何重にも巻かれているため剥がしにくいが、近くに…ご都合よく割れたガラス片があるのに気づいた。
──己が傷つかないのなら、ガムテープだけ破く事ができるかもしれない。
床に刺さったガラス片を足に近づけ、思い切り振りかざした。
「っ!」
ガムテープが破け、思惑通りに足が自由になる。そのまま廃屋からガムシャラに外へ逃げた。
──昔、子供時代からお化け屋敷と言われていた古民家だった。まだ地元にいる!
ミス(Miss)は手錠を外せず困惑しつつも、また実家に来てしまった。腕を何とか隠せないだろうか?
「■■。昨日は…どうしたんだっけ?また来てくれたんだな?」
父親が庭で花に水をやっている。あの、思い出のままの父親が目の前にいる。
「お父さん…助けて…!」
涙を流し、へたり混んでしまう。これまで受けてきた仕打ちについに心が折れた。
「どうした?!それ…とにかく、家に入れ」
母親も出てきて、家にあがらせてもらった。手錠にひどく狼狽していたが、経緯を話すと警察に電話しましょう、と提案してくる。
「その前にこれまでどこ行ってたのか話してくれないか?■■」
「…お父さん」
「あ、あなた…そ、そうよね」
ミス(Miss)は働きに出てからの長い話をした。さすがに摩訶不思議な出来事は誤魔化し、やっと帰ってこれたのだと。
すると挙動不審だった母が「貴方の部屋で話しましょう」と変な提案をしてきた。不思議に思うが、自室に向かうと、自立してから時が止まった自分の部屋があった。
「捨てないでくれたの?お母さん、嬉しい」
「え、ええ…」
「■■が連絡をよこさないからずっと心配していたんだぞ」
終わったのだ。悪夢は。これからまた普通の生活を送れるようになる。
ミス(Miss)ちゃんの生まれ故郷のモデルになった土地はあまりません。
団地がある素敵な場所、みたいなイメージで書いています。




