みーにんぐれす をよこさいどにて(さりえり)
サクメイさんシリーズです。
至愚はパーラム・イターに何回もしてやられてきた境遇の女性だった。彼女が人間であった頃はこの世の者でない部類との境い目も今ほどくっきりしておらず、此岸に現れた厄災の化身を打ち負かそうと、弟子らと戦ったりもしたという。
「あの時代には珍しい女性の修験者だったみたいだし。まあ、男装はしていたかもね。凄腕ってのは風の噂で知ってたけん」
ミハルは美しい髪をいじりつつ、オイラ西洋人だから日本の時代背景はよく知らんのよ、と付け加えた。
「至愚は…、パーラム・イターが人の身になって苦しむのを見たかったのかもしれんな」
「…そう…」
至愚とはあまり接点がない。ただ稀に会う、奇妙な人面獣。近づきたいとも思わなかったし、あちらも距離を置き、なるべく話さないようにしているように見えていた。
それは弟子を失った忌々しい記憶を乎代子へ投射していたからだろうか?
「お嬢ちゃん。ごめんよ。落ち込ませるつもりはなかったんだ」
「いや、いい。ロクでもないヤツをとっちめたいと思うのは普通だから」
「わ〜お。大人やん」
美男子は茶化してから、錯迷がこの建物に近づけぬよう先代の知識に加えて自らの『魔法』をもかけておいたと説明してくれた。
リクルートスーツ軍団とこの天使らは昔から戦いを繰り返してきたという。何故なのかまでは明かしてくれなかったが、二人は部屋を出ていった。
残され、仕方なくソファに寝そべる。
(アイツ、何してるかな)
パビャ子が脳裏に浮かび、清楚凪 錯迷に捕まっていないかと心配になる。そしてその心理状態に自嘲した。
あのすっからかんで無神経なヤツを心配するなんて。
「入ってよろしいか?洞太 乎代子」
感傷に浸っていると、部屋にちんまりとした子供が入ってきた。ラファティやミハルと同様、白いスーツではあるが半ズボンで少年にも見える。色白な肌とハイトーンなブロンドヘアーはビスクドールを連想させ、例に漏れず美しい顏をしていた。
作り物みたいだ。
「僕の名前はサリエリ・クリウーチ。天使代理人協会をしている者だ。ラフが毎度お世話になっている」
「あんたがサリエリ…」
確かに弓矢を持っていたら、キューピットにも思えなくない。それくらい現実味を帯びていない。
「貴方が運命と呼ばれる…空気に含まれる線を解いていた人か」
「えっ」
「僕は反対に運命を絡めて奇跡を起こそうとしているのに」
不満げにソファに座ると、ボロボロになったノートを見せてくる。たくさんの記号が書かれていた。人には理解でかなかった。
「あ」
夢の中で似たような事をしていた気もする。薄らだが、有り得ない事象を消していく夢。
「ラフから洞太 乎代子の存在を聞いて疑問視していたが、会って納得したよ。貴方が夢と思っている内容でも、この世の者でない世界に影響を及ぼす力を有していると」
「いやー…、そんな」
「僕たちは何度も戦っているから、分かるよ」
それはパーラム・イターらへの言葉なのか。それとも、夢の中での乎代子の行いへなのか。
「錯迷を力を合わせて、封じ込めよう」
真っ直ぐな瞳で見つめられてゾワゾワする。あまりにも若い、乎代子が苦手な希望的観測。
「倒すわけではないんですね」
「まさか。僕らの力はアイツらに劣るからね。倒せたらそれはもう、歴史的瞬間だ」
リクルートスーツ軍団は何者なのだろう。
「まあ、あんなヤツらより強い存在はごまんといるよ…世界は広いし」
なるほど世界は広いのか。今置かれている状況より、膨大な世界が広がっているというのか。
「地球をひと握りで潰してしまう輩もいるさ。太陽を丸呑みしてしまうヤツもいる。宇宙を回すために自らの尾を食べて回っている変人もいる。人類はとても小さいし、僕もサリエルは邪視を行使できはするが全てを見通せる眼球を持ち得ていない」
「ハハ…規格外ですね…」
神話生物を並べられ苦笑するしかない。世界創造に関連した者たちが実在するのは別として。
「天使の真似をしている僕ができるのは錯迷をあの屋敷に閉じ込める事。サリエリはサリエルからきている、鍵が扱えるんだ」
魔法使いのように、手のひらに鍵を召喚した。年季の入った洋風の鍵。
「屋敷に施錠をする?」
「そう。馬鹿馬鹿しい発想だが、しばらくあの異形は出られなくなる…完全には封印できないけど」
これ、あげるよ。そういうとサリエリは席を立った。
「絶望しそうになったらその鍵を握ってくれよ。天使代理人協会は希望を増やしたい。たとえ、願掛けでもあっても」
希望。何とも儚げで、信じられない響きだった。
洞太 乎代子は人生で希望にすがるほど頭がお花畑の部類ではない。陰気臭くて後ろ向きなヤツだ。
「僕とくみたくなったらいつでも言ってくれ」
サリエリちゃん、少年みがあって良いキャラに描写できたなーと私は喜んでいます。




