みーにんぐれす をよこさいどにて(おうめ)
サクメイさんシリーズです。
「え?死んだ…?」
視界がクラリと歪んだ。自分は生者ではない?
「世には数多の呪法があります。人の恋愛を成就させるもの、または反対に縁を切るもの。そして魂を呼び起こすもの…または、死者の体を人形のように操るもの」
「は、はぁ…オマジナイってたくさんあるそうですね」
清楚凪 錯迷は頷き、キョンシーはご存じですか?と聞いてきた。
もちろん。中国の有名な、両腕を突き出した化け物である。
「貴方はそれに近しい存在なのです」
「…わ、私がキョンシー…」
思わずおでこに呪符がついてないか確認してしまう。(つ、ついてなかった)
「キョンシーのように術者が、死体にパーラム・イターの異能やらを詰め込み、二度と復活して出てこないように封じた。それが貴方です」
「ま、待ってください!なぜ、私なんですか?普通に箱でも何でも良かったじゃないですか!」
悪しきモノを封じ込めるのなら、箱でも祠でも、または石でも何でも良かったはずだ。
「生前の貴方の業がパーラム・イターに馴染みやすかった。八重岳 イヨ子の死体はあのオンナを封印するほどに罪深いものだった、と」
「八重岳 イヨ子…」
そういえば自宅の表札に『八重岳』と書かれていた気がした。なぜ今まで気づかなかったのだろう?
いや、気づかないよう細工をされていた?
「…しかしまるで生きているかのような。とても稀少価値のある呪具です。成長もし、衣食住を求める。至愚の腕前は国宝級です」
「至愚…」
あの人面獣が、自分を。
「飾るよりは動かしていた方が、サクメイはよいです」
彼はもう、それしか頭にないようだ。汗が垂れて、自分に血が通って水分があり、肺が呼吸をしているのを自覚する。間違いなく生きている。
(生きているのを否定されたみたいだ…)
そんなの、初めてだった。
「乎代子さん」
「え…」
「怖がらないでください。今日は貴方をたっぷり観察しました。お帰りになってもよろしいですよ」
ヤギの瞳孔と目がニヤリと笑う。不気味だ。
「じゃ、じゃあ…さようなら」
清掃作業を終え、トボトボと帰る。疲れきって今にでも寝てしまいたい。
寝たらまた、パーラム・イターが出てくるのだろうか?それは嫌だ。
「…乎代子。どうした。やつれてんぞ〜」
ラファティ・アスケラが呑気な面構えでアパートの前で佇んでいる。何やら手にはコンビニで買ったのか、ビニール袋が下げられていた。その様がまた心を逆撫でる。
「オメー、なんで今まで黙ってたんだよ…」
「は?なん?」
「私が死んでるってんのを、何で黙ってたんだよ!」
どついて、階段を登ろうとした。が、ラファティに掴まれ転がりそうになる。
「話してどうなる?お前が死んでるとしても、誰が困る?」
「…は?」
「お前は家族を殺めた。死んで悲しむ人なんて誰もいねーだろ」
冷淡な声音で告げられて、わなわなと体が震える。
「なんだよそれ…」
「それより誰にその話を聞いたんだ?」
彼は少なからず困惑しているみたいだった。予想外の出来事だったのだろう。
「清楚凪 錯迷…」
「…知らない奴だ。とりあえず俺らのアジトに行くぞ。パビャ子が来たらしちめんどうくさい事になっから」
力強く引っぱられ、無理やり連行される。丁度よく空車のタクシーが暴走しながら走っていたので、彼は手を挙げた。
「お梅まで」
「はぁ?!?お梅ってお客さん…」
「いいから。お金は出す。緊急なんだ」
映画でしか聞いた事のないセリフに運転手は戸惑い、ちくしょうと車を発進させた。
「お客さんたち、どういう関係で…?」
悔し泣きしている乎代子を見て、運転手のおじさんはさらに困り果てた。
「ちょっとした喧嘩で」
「まさか心中とかしない?大丈夫?」
「しませんよ。コイツの実家がお梅にあるんです。コイツ、喧嘩してここまで来ちゃって…金がないっていうから」
愛想笑いのまま嘘を述べ、なぁ?と聞いてきた。渋々頷くと、なぁんだ!と彼は納得したようだ。そんな家出少女みたいな輩がいるか。
「色々疲れたろ。寝ろよ」
これは本心なんだろう。確かに心身共に疲労し尽くして、涙も出なくなっていた。車の揺れが眠気を誘い、素直に眠る事にした。
「あはは。ここまで質のいい入れ物はないや」
喜んでいるようで、まだ食われそうにない。その際に、イヨ子は邪念が浮かぶ。
──弱体化したパビャ子と、一緒に過ごせないだろうか。そうしたら…。
(そうしたら…)
希望を見いだしてしまい、虚しくなる。(パビャ子さんとずっと居たいよ…わたし、まだしにたくない)
初めて死にたくない、と悔やんでしまった。死にたくない。まだ──
懐かしい心地がする悪夢から目を覚ますと、見知らぬコンクリート打ちの建物にいた。照明器具は少なく暗い。
不思議な内容だった。パビャ子へ、一緒にいたいという切なる思いを抱く夢である。
気持ち悪い。
自分はソファに寝かされていて、毛布もかけられている。誰かにここまで連れてこられたのは理解した。
「起きた?お嬢ちゃん」
ラファティ・アスケラより更に背が高い、美麗な男の人がやってきた。白いスーツがその美しさを際立たせる。
「こんばんは。オイラはミハル・ミザーン。ラフの先輩」
「あ、はぁ」
「話は聞いたから。ま、リラックスして過ごしてくれや」




