みーにんぐれす をよこさいどにて
サクメイさんシリーズとなります。
乎代子は隣の市にある雑居ビルへ清掃の仕事に来たはずである。エレベーターの扉が開くと、全てが血みどろの屋敷に繋がっていた。湿った木の匂いと雨の音。
パビャ子の話を思い出した。サクメイ。
異様な殺気に身構えると、奥から虎がのしのしと歩いてきた。さすがにこれには太刀打ちできない!
閉める、のボタンを連打するも機能してくれない。舌打ちして非常ボタンを押した。
「すいませーん!!!!!!!!!!!」
「貴方が、パーラム・イターの片割れですか」
「…知らない」
夢で見たあの光景。パーラム・イターの話。ではあれは清楚凪 錯迷。
「なるほど、貴方の方がパーラムの気配が濃い」
「…パビャ子と知り合いなんだろ」
「そして中有の者…八重岳 イヨ子の魂の気配もする。それは同じですね」
八重岳 イヨ子。その言葉を聞いて身を固めてしまった。
その名の人は何をした?
「パビャ子と、パーラム・イターと知り合いなんだろ。何でいきなり接触してきたんだ」
「それは…あのオンナが逃げていたから、ですよ」
機械音声のような声音が目玉だらけの虎から聞こえてくる。口は開いていないがどこから声を出している?いや、化け物だからそんな事を気にしている場合ではない。
今まで遭遇してきたこの世の者でない部類と段違いの気迫がある。山を破壊した覃(のびる、ひととなる)など取るに足らない。
(どうすれば逃げられる?!)
後ずさり、逃げ場所がないか視線をめぐらせた。
「しかしよく出来た呪具です」
いきなり目の前に大柄な男が立っていた。びっくりしたが、彼が清楚凪 錯迷の正体だと悟る。
茶系の髪を両脇に束ねた──いわゆるツインテールとそれを隠すような柔らかい長髪。ヤギのような瞳に、摩訶不思議な角が片方生えていた。明らかに人間ではない。
リクルートスーツを着た男は無骨な手で乎代子の頬をつまんだ。
「パーラムとは異なる意思を持ち、人に擬態している」
「にゅー!」
いとも容易く持ち上げられ、命を危機を感じた。こちらは人並みの体力しかない。勝てるはずがないのだ。
「ふむ。さすがにか弱い生物を捻り潰すのは気が引けます。少しお話しませんか?」
ガッシリと担がれ、乎代子は動揺していた。どうすればいいのだろう?
座敷のような、古めかしい豪華絢爛な間──大広間に連れていかれ、空間の割にちんまりとした箱膳に茶菓子が置かれていた。
「乎代子さん、でしたよね。サクメイは知っています」
畳に置かれ、頷いた。
「食べ物は食べれますか?」
「ま、まぁ…」
「なんとも精巧な呪具だ!素晴らしい!」
機械音声のはずだが彼は興奮していた。いきなり口に指を突っ込まれ、口内を目視される。
「土人形ともまた異なる…まるで生きている人形のよう…唾液まで出てくるとは。至愚も片隅には置けぬな」
まるで宇宙人に見世物にされているような気分だった。宇宙人は瞳孔やらを観察し、様々な感嘆をもらす。
(私は生き物じゃないのか…?人じゃない、みたいな接し方じゃないか)
「破壊するのはもったいない。中身だけ引きずり出して、屋敷に飾っておきたいくらいです」
「こ、怖いですよ」
「単刀直入に聞きますがパーラム・イターの記憶はおもちですか?」
「え、いや。持ってないです。パーラム・イターって言葉もあまり知らないし…」
夢に出てきたパビャ子にそっくりな女性。あの人がパーラム・イターなのは存じている。
(私の中に、あのオンナの記憶が?)
「パーラム・イターは彼岸を渡れ、という意味です。日本に伝来してお坊さんが良く唱えている波羅蜜多という言葉になりました」
波羅蜜多。それは耳にした事がある。
「じゃあ、パーラム・イターは仏教に関連のある神さま?…なのですか?」
すると清楚凪 錯迷は少し悲しげな顔をした。
「何も知らされていないのですね。乎代子さん」
「あ、はい…」
「彼女は、我々には名前などありません。神でも仏でもない。役割を与えられ、こなすだけの歯車です。我々は元来、そのような存在でした」
世界が誕生した際、様々な存在が世を動かすために役割を与えられた。善なる役割も悪とされる役割も。
原初の者たちは機械のように、それをこなすだけである。
パーラム・イターも彼岸へ魂を渡す役割を与えられ、こなしていた。その事象を見た人々が自然と彼女をパーラム・イターと呼んだ。
「…パビャ子は、パーラム・イターなんですよね」
「まぁ、大雑把に言えばそうなります」
毎日ご飯をねだりにくるあのイカれた輩が、そのような大層な役割を果たせるようには見えない。
「彼女は原初の存在に近しく、人の心を知りませんでした。しかしある時知ってしまったのでしょう。人間の感情を」
そして自由が欲しくなった。
彼は茶菓子をよこしてくる。ありがたく食べてみるとごく普通の茶菓子だった。
毒でも盛られていそうな雰囲気だったからだ。
「私だったら、耐えられないかもしれないです。大きな役割を背負うのは」
「人間はか弱く脆いですからね。…パーラム・イターの場合、機械に脆弱性が生じたようなもの。そうなると正常に作動しなくなり、おかしくなります。彼女はそうなり、役割を放棄し逃げてしまいました」
「そうですか…」
そのような背景を知らずに、パビャ子へ接していた。パビャ子は何も言わないから。
「それだけならば良かったのですが…」
清楚凪 錯迷はため息をつく。
「彼女は各地で暴れだし、様々な厄災を起こしました。何が目的なのかは知りませんが…」
「須佐之男命みたいな…?」
「うーむ。似たような事はしていましたけど…」
結構な大暴れではないか。
「それだけ強大な力を持つ存在が逃げては捕まり、を繰り返したものですから、彼岸と此岸はぐちゃぐちゃになりました。いつしか彼岸に行けぬこの世の者でない部類が増え、凶暴化し始めました」
「なるほど」
「その様子を見るに、本当に記憶がないようですね…」
初見な情報ばかりで頭が混乱しそうな程だ。記憶喪失に陥っているのだろうか?
「…私は物心ついた時から洞太 乎代子でした。ラファティ・アスケラや至愚が、自分自身は洞太 乎代子だと教えてくれました。不思議とそれ以前の記憶は曖昧で…」
残忍で悲惨な事件を起こしたのは覚えている。家族の顔も薄ぼんやりだが、頭にある。だがそれ以前の記憶はない。
「貴方が呪具になる前の記憶はない、と」
「えーっと、その呪具って」
「ああ、そちらの知識も持ちえていないのですね?」
「はい…都市伝説系の噂とかは集めてるんですけど…」
彼は少し思考を巡らせているようだった。
「貴方は本当ならばもう死んでいるんです」
サクメイさん トンチキな外見しているんです。




