ふおんなれじりえんす
ミス(Miss)ちゃんシリーズです。
ミス(Miss)は河川で川魚をガツガツ食べている、多分、同じ──同族であるリクルートスーツを着た茶髪の女性を見た。
お世辞にも綺麗とはいえぬ川に堂々と入って、種類の分からない魚を食べている様は異常であり、不気味だった。それは未確認の野生動物のようで。
「んあ。何?」
目ざとく視線に気づかれ、身を隠そうとしたが素早い動きで土手を登ってくる。やはり人間ではない。アレは。
「ねー、そのケーキ、パビャ子にちょうだいよ」
コンビニでご褒美として買ったお高めのスイーツを指さされ、震える──だって。彼女の唇から人間離れした鋭い牙が覗いていたからだ。
「は、はいいぃ」
「何で怯えてるの?私、なんかした?」
「た、食べないでっ!」
「えー。ケーキが食べたいの」
あー、と牙だらけの口の中を見せられさらに怯えた。
「ケーキ、ど、どうぞ」
「ありがとう!お腹すいてたからうれしー!」
無邪気な子供のようにキラキラと顔を輝かせて、彼女はビニール袋からスイーツを取り出し、泥だらけの手で鷲づかんだ。
「あ、あの、味覚…あるんですか?」
ムシャムシャと食べ始めた無礼者にミス(Miss)は問う。
「え、あるよ。フツーに。たくさん食べられるよ。鉄も、プラスチックも」
「は、ハハ…」
「逆にお姉さんは味覚ないのぉ?」
お姉さん。自分より歳をとっているように見える女性はそんな言葉をよこしてきた。
「最近、もうほとんどなくて…」
「あらら。大変だね。私はたくさん食べられるんだけど、人だけは食べられないんだ。だからずっとお腹すいてんの」
とんでもない言葉を吐いて、彼女はスイーツをペロリと平らげた。余程美味だったのか、まだ顔を純新無垢に輝かせている。
三十代くらいだろうか?自分より年上だというのは分かる。危うげな眼光を宿した目つきや牙と相反して、言動は幼く子供みたいだった。その様はやはり不気味である。
壊れている。この人はどこかが狂っている。
「ありがと!美味しかった」
「お役に立てたなら良かったです…」
「私もルールに沿ってアナタのお役に立たなきゃァ。人間のどこ食べる?脳みそ?腕?」
「い、いや!まだ人間食べた事、無いんですっ!!」
今にも人を狩りに行きそうな勢いだったものだから、慌てて制止した。
「え、食べてないの?もったいな。美味しいよ」
「私は、まだこの身分に成り立てで…」
「そっかあ。ならしょうがないね」
あっけらかんとした返答に安堵するも、彼女はニヤニヤと後をついてきた。
「どこに行くの?」
「え、…暇つぶしです。散歩、ですかね」
「へー」
「えっと…両親に会いに行くか、迷っているんです。この先の電車に乗っていけば、私のふるさとがある。でも…」
「会っちゃえば?」
他人事というか、無責任というか。狂った女は簡単にそんな言葉を吐いた。
「私ね。両親とかいないからさ。会ってみればいいと思うよ。ま、だいたい良い結果は得られないけど。お姉さんにとって両親は、両親でしかないし。挨拶だけでもしときなよ」
意外と普通の力強い助言をもらい、ミス(Miss)は悩む。
「おちおちしてると、あっという間に時間って過ぎちゃうんだ。さっきまで子供だった人が、いつの間にか大人になってる。両親もさ、多分、あっという間に骨になっちゃうよ」
「え…」
「この世の者でない部類は人の時間から外れちゃうの。だからね、早く会いに行った方がいいよ」
ニカッと明るい笑みを久しぶりに目にした。南闇の嘘くさい笑顔より数倍、人らしかった。
「ありがとう…」
涙が滲む。この人は狂ってはいるが、己の中の迷いを払拭してくれる。
「あ、あの、お名前は」
「無意味名 パビャ子。パビャ子って呼んでね!」
(変な名前…あ、私もか…)
「パビャ子さん。この御恩、忘れません!」
駅へと駆け出したミス(Miss)をパビャ子はキョトンとして見送る。
「え、ナンカシタ?」
パビャ子さんとミス(Miss)ちゃんは明るく過ごして欲しいです。




