ふんぎりつかない のすたるじあ
──この閑静な住宅街は古めかしい戸建てだらけで、ノスタルジックな空気を漂わせていた。どこにでもありそうな景色を歩いていくと、電気柵と思わしき囲いと大量の監視カメラがつけられた家屋があった。
『仁尾』と書かれた表札の家は、この一帯から浮いていた。周りから恐怖されているのか、隣家の垣根は厳重に仕切られている。自治体からの警告の看板が家に置かれていた。
電気柵を撤去せよ、と。
「また来たのか!闇業者っ!帰れ!」
どこから出てきたのか、初老の男が鬼気迫る形相で棒を持ってこちらに走ってくる。あれは釘を打ち込んだバッドだろうか?分からない──咋噬 南闇は何度繰り返したか分からない景色を見やる。
「そろそろ踏ん切りをつけないといけませんよね」
マジカルシャベルを振りかざして、狂ってしまった肉親を殴りつける。
「いたいっ、な、なにを──」
「お父さん。僕を覚えていますか?」
「い、いだい、やめろ!けいざづを、呼ぶ…!?」
「覚えているわけないか」
何回も殴りつけ、やっと動かなくなった父親を見下ろす。
やんちゃな時期もあったのに、大学へ送り出してくれた父親。仕事があったのに面倒を見てくれた子煩悩な父親。見る影もない。老け込んだ顔や痩せて骨ばった腕。あれから何年の時が経った?分からない。…血を流しダラリと肢体を投げ出している。
「お父さん。久しぶりにお家にあがらせてもらいますよ」
死体を引きずりながら玄関まで来る。懐かしい玄関ドア。
ドアを開けると何も変わっていない。母親がいなくなり、荒れはしているがゴミが増えただけで、空気感は変わっていない。子供時代の記憶がよみがえる。
「それも捨てなければなりませんね」
自身には必要のない記憶を消さなければ前には進めない。廊下を進みリビングへ入ると、テーブルでお茶を飲んでいる五十代くらいの女性がいた。
「高雄くん?!」
息を飲んだ。一目で理解した。眼前には中学生まで仲良くしていた女性がいた。彼女はなぜ、自分を消えた方の仁尾家の息子を存じている?
そういえば霊感が強いだの、他人にはない能力を自慢していた。そのせいだろうか?
「高雄くんだよね?知らない人が高雄くんになっていたからびっくりしたの。ど、どうして、歳を──」
「…これ、粗大ゴミに出しといてください」
父親だった死体を雑に放り、逃げるように家を出た。こんな身になってから、らしくないほどに動揺している。なのに笑顔がとれない。
驚けよ。笑うなよ。
笑顔が『咋噬 南闇』として縛り付ける。お前はもうあの家にも、世界にも戻れぬ、と。事実が憎らしくて顔を引っ掻いて、そそくさと道を歩く。
あの人からいち早く遠ざかり、シャベルを振りかざしてしまわないように姿を隠すべきだ。
土に埋めて洗骨してしまわぬように。二度と出会わぬように。
南闇としての、この世の者でない部類としての正体を見せてしまえば、きっとあの女性を殺める。分かるのだ。
それが今の自分だからだ。
死体を放置された女の人かわいそう…




