ぎゃびーさんぴんち でもない
深夜の二時か、三時か。夜の深まる時間帯には人の気配は無い。人の生活範囲から程よく遠い、低山にある廃墟となった──三階建てのコンクリート構造物をサリエリは選び、拠点を置いた。
自然に囲まれたこの土地で自分たち以外に人型の生物がいるのならば、変なこの世の者でない部類か、ヤンキーか肝試しに来た暇つぶしだろう。
ミハル・ミザーンはまだ喫煙所で電子タバコを吹かして、こちらを見下ろしている。ただ目の前にいる生き物を観察しているだけかもしれない。
蟻が地面を歩いているのを眺めるような…。
居心地が悪くて、ギャビーは仕方なく自前の安タバコに火をつけ、ぷかぷかする。
味がしない。煙だけが、漂う。
ミハルは物言わず安タバコの銘柄を見やる。
「それ、麻薬やん」
「っ…」
「ハッピーヘブンっていうの、人間界に出回ってるよなー。悪魔か、鬼人かたはまた狼人だっけ、そんな輩が売りさばいてるヤツ」
図星だった。野良悪魔のアッターから買い取った、化け物用の麻薬。名前が馬鹿らしくて好きだった。
「ギャビーちゃん、大人になったん?」
「ま、まさかぁ…」
「あれかー。彼氏できたんか。女の子ってのは急に変わっちまうもんだねえ」
「セクハラ、…ですよ!」
冗談、と彼は言う。演技だとしても『ギャビー』にとっては不愉快極まりない質問だった。
「はは。で、ソレ、サリエリちゃんに報告するけんど」
「…やめてください。それは」
「みぐせえぞ。麻薬なんてオイラたちの組織では御法度。知ってるはず」
「…ミハル・ミザーン。貴様は私──ギャビーに何を要求したい?」
睨みつけタバコ型の麻薬を吸う。この程度の部類を消し炭にするなんて、指の運動をするより簡単だった。
「うは。こっわ。別に戦いたくないよ。なんつーか、ギャビーちゃんには演劇してほしい」
「え?」
美しい顔をさらに引き立たせる笑顔にして、白い化け物は純粋無垢な気色を放つ。気持ち悪い。
「サリエリちゃんを終わらすために演劇するんよ」
「…へえ」
「そしたら麻薬の件は黙ってあげる。おあいこさんでしょ」
手元にある違法物と差し出された取引にしばし悩む。本来の仕事に差し支えなければしてやってもいい。だが本音、めんどくさい。
ミハルを消し炭にしたら、またあの気の狂った遊園地を管理しなければならぬ。それはごめんだ。
「…分かりました。ミハルさんの、言う通りにします…」
改めて日本語 難しい…。




