さくめいさま さくめいさま おいでませ
サクメイ様に会うには、新鮮な人間の頭、手、足。それを祭壇や神前に円形に並べ、真ん中に蝋燭を置く。
サクメイ様。サクメイ様。
わたくし、使役者を四方四季の館へお招きくださいまし。
サクメイ様の下僕となりぬ。
そう唱えるだけである。
「なぜ、オマエん家に人の死体、アル…」
「美萌ちゃんのおかげだよ」
「えへへ」
先程解体されたご遺体を前に赤谷 美萌は恥ずかしそうにはにかんだ。それを見た化け物はさらに怯え、血液を注がれたコップの影に隠れてしまう。
上下関係というべきか。この世の者でない部類にもあるのだろうか?
「四方四季の館ってサクメイ様というお方は竜宮城に住んでるんですか」
「え?」
「ほら、昔話で有名な浦島太郎で四季が拝める間のシーンがあるんです。竜宮城には東西南北に四つ、障子があって開けると春夏秋冬─庭にそれがあるんです。確か不老不死の空間を象徴するとか、本で読みましたよ」
成績優秀者だった美萌の物覚えのよさに感服する。彼女の興味分野はどこまで広がっているのだろう。
「へー、ロマンチックだね。浦島太郎にそんなシーンがあるなんて知らなかった!踊り子さんたちのダンスとご馳走様を振る舞われたー、って学校で習ったなぁ」
彼女によれば浦島太郎の他にも四方四季の庭は出てくるらしい。それに子供には難解で難しいので、省かれているのではないか、と。
「ううむ…ロマンチックというより怪しくないですか?サクメイ様は人食い化け物なんじゃないですか?」
「失礼なコトをいうな!サクメイ様は我々ヲお救いになる、霊験あらたかな神であるぞ!」
「神、ですか…」
血液中毒のスーツ悪魔は思慮深い口調で反芻した。
「私も同行します」
「え、いいの?何が起きるか分からないんだよ?」
「だからです。香純先輩は人ですから、化け物が出てきたらパクリです」
「た、確かに…」
今まで屈強なパビャ子や乎代子に助けられてきたが、自分はただの弱者…丸腰な訳だ。
「ヌ。しょ、しょうがナイ…」
人面獣は渋々同意し、早くと促した。蝋燭に火を灯し、香純は息を吸った。
「サクメイ様。サクメイ様。わたくし、使役者を四方四季の館へお招きくださいまし。サクメイ様の下僕となりぬ──」
三半規管がゆらいだかと思うと、湿った木の匂いがした。土砂降りの音。ザワザワとした数百人いるのではないかと言う、小さな囁きたち。鉄と腐臭に塗れたリビングとは程遠い、懐かしい優しい感覚。
目を開けると、延々と続く廊下とたくさんの──豪華絢爛な襖が並んでいる。たまにそういう空間があるのは、乎代子たちから知らされている。後輩が言うように伝承があるのだから不自然な事柄ではない。ただ襖には血の染みがついているので、昔から言われている理想郷ではないのだろう。
「おお!本当にきたああ!」
ちょっとした儀式的な要素や、この景色に興奮する。
「…先輩、気をつけてくださいね」
「う、うん。で、サクメイ様はどこにいるの?」
人面獣は肩に居座り、「あの血染みの多い襖ダ。絶対に四季の間を開けるなヨ」
「何で?」
「部外者として屋敷に閉じ込められるのジャ」
とある事情でサクメイ様が造った要塞はゴールのない、永遠に美しき四季を彷徨う──理想郷に見せかけた地獄だった。ランダムに現れた屋敷に侵入した者は興味本位で襖を開けてしまう。
サクメイ様はそれで部外者を識別している。この世の者でない部類で落ちぶれた人面獣らは彷徨わない場所を知っているから。
「サクメイ様に会ったら、なんて言えばいいかな…」
「それはワタシが言う」
三人で廊下を進み、一際血みどろの襖を開けた。何か動物が描かれていたような気がしたが、それよりも拍子抜けしてしまう。
そこには──普通の和室があった。血染みがすごいのでここで何かあったのだろう。
「サクメイ様。わたくし、盛籠影花でござりまスる。新しき使役者を連れて来ました所存」
人面獣が恭しく、空に向かい宣言した。
「おお、盛籠影花。久しい。まだ生きていましたか。安心しました」
機械音声がするや否や、目の前に不定形な人型のモヤが現れた。
「そちらが、新しい使役者ですか?隣には…同族がいる。どうしてでしょう」
(同族…?サクメイ様は美萌ちゃんと?なら…)
「あ、あの、パビャ子さんを知りませんか?パビャ子さんとも知り合いですよね?!」
「先輩?!」
「ウヌ!」
二人に咎められながらも、聞かずにはいられなかった。
「ああ…パーラム…彼女にお会いしたのですね。元気にしていましたか?」
「は、はい、とってもっ!」
「良かった…サクメイも心配していました。彼女が元気にしているだけでサクメイは嬉しい。小国の可憐な姫君。褒美をあげましょう。この者を使役者にし、百年後、貴方を元の姿に戻しましょう」
イタチに似た人面獣はさぞかし嬉しかったのか、目を見開いた。しかし礼儀を忘れまいと頭を下げる。
「ありがとうございます」
「よ、良かった」
彼女に何が起き、どうしてこの姿になったのかは分からないが──不思議と嬉しかった。しかし隣にいる赤谷 美萌は鋭い視線をサクメイへ向けている。
「幼い同族。サクメイのように立派になりなさい。そうして、我々の存在を取り戻すのです」
「どういう事?私は、悪魔のはず」
「悪魔ではありません。そして天使でもない。我々は理を司る者でした。しかし今は有象無象と同じ。同族よ、パーラムのようにならぬよう、彼女と至愚という女に会いなさい」
視界が歪み、気がつけばリビングにいた。二人は信じられないと言うように、顔を見合わせる。
「パビャ子って誰なんですか?先輩?」
ずい、と顔を寄せられハラハラした。
「不思議な女の人で、怪異とかに強いの。私の憧れというか…」
「ふぅーん…」
なぜ、後輩がムスッとしているのか分からない。ともかくご機嫌とりにコップを差し出した。
「喉乾いたでしょ」
「まー、これで許します」
パビャ子が「しほうしきのやかたのちだまり」で訪れた屋敷と同じ建物です。
残念ながらパビャ子さんはサクメイと会えなかったようです。




