にせあくま にせてんし
アッター・アンテロープは戦いを司る『悪魔』だ。もちろん悪魔崇拝できちんと信仰されている由緒正しい悪魔ではない。野良悪魔。
正真正銘の悪魔とは少しだけ異なる、悪魔の真似をしたこの世の者でない部類である。
名前すら西アジアのウガリット神話に登場するアッタルという神の御神徳にあやかってつけた偽名である。
悪魔は神に背いた天使の成れの果てだとか、悪い精霊だの。国や宗教によって悪魔の定義というのは変わる。
異国の神、悪霊や死霊。それを様々な国や人々は悪魔と呼ぶ。
日本において悪魔たる悪魔はいるのだろうか?
悪い存在まで祀り、神と崇めるこの国に悪魔など存在しうるか?
しかしアッターはどうでもよかった。自分は悪魔と名乗っているが、ただの名刺程度の肩書きでしかないのだから。
少女のような可憐な外見をした悪魔は、ガタンと自動販売機からエナジードリンクを取り出した『天使』を見つめた。
「こんにちわぁ♡」
「あ、アッターさん。こんにちは…」
幼さがある天使はブカブカの白いスーツを正して、手を振ってきた。彼女は曖昧な笑顔で、困っている。
「ギャビーちゃん。まだそんなお仕事してるの?」
「…ま、まあ、たくさん便箋があって配るのが大変です」
「ふうん?便箋配りの方じゃなくてえ〜」
「…あ?口外禁止だって言ってんだろ」
オドオドしていた仕草をかなぐり捨てると、ギャビー・リッターはエナジードリンクをクルリと空中で回転させた。
「消されてえのか?」
「清々しくて好きだよっ♡そういうところ」
擦り寄ってきた露出度高めの『女児』に、堪忍すると便箋を渡した。
「次の戦争への手紙」
「ありがとう。ボクは人間を戦争で儲けさせるだけで、消されなくて済むからね♡」
「変な制約」
「ギャビーちゃんだってそうじゃん」
キャハハと笑うも一緒に笑ってはくれなかった。お芝居をしている時の彼女の方が扱いやすくて好きだが、それはお互い猿芝居をする好き者ではない。
「それと…ラフへの手紙」
「どもども」
便箋を手に取り、『ラフ』への対価を考える。悪魔の契約は対価が必要だ。魂や、大切なもの。一般的にはそう考えられている。
争いをしかける武器を与えるのも、アッターの仕事である。武器がある限り人間は戦える。盾にもなる。権力を誇示できる。
生存競争。それは自然でも同じで、この星では普通の摂理である。
「幽霊になりたいな」
くせっ毛の彼女が遠くを見つめ、積乱雲が湧き上がる空が眩い。セミが鳴いて夏だと再確認させられる。
幽霊はいないのだ。どこにもいない。
この世の者でない部類は幽霊ではない。幽霊は人へ触れないし、何にも干渉できない。何にも縛られないし、何も苦しまない──とこちら側では噂されている。
「それって死にたいって事?」
「まさか」
どこにもいてどこにもいない。幽霊とはこの世の者でない部類には理想な存在だった。
「ラフによろしくね。彼、武器があれば強いから」
「アハハ!天使が物騒だね!」
「ぶち込むぞ」
エナジードリンクを口に突っ込まれ、降伏する。口にモノを突っ込まれる趣味は無い。
「じゃあね〜」
二人は手を振って別れた。可憐でセクシーな服を着た『女児』は視線を集めやすい。しかし自分はサキュバスやインキュバスではない。ただの野良悪魔である。
(人間って愚かしいなぁ…♡)
アッタルという神さまのお使い?はカモシカだそうで、アッターの苗字はアンテロープ=カモシカにしました。
アッタルについてはウェブサイト「神魔精妖名辞典」さまから知識を拝借させていただきました。
彼らは正真正銘の悪魔と天使ではない、何かですので、まあ、ゆるい感じに働いてるんだと思います。
書いた時期と過去の悲惨な出来事があった時期が重なり、投稿したらセンシティブなんじゃないかと悩みまだ投稿できずにいる話。でした。
…アッターの存在がアレかな、と。




