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虚無なありきたり 〜別乾坤奇譚〜  作者: 犬冠 雲映子
ンキリトリセン(ミスの決別と清楚凪 錯迷の襲来編)
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かこのはなし さ

 晩夏の夕暮れ時。至愚(しぐ)はふいに──異質な視線を感じ、蝉時雨が響く雑木林をみやる。木陰に異形の鹿がこちらを遠巻きに眺めていた。

「…あんたは確か、パーラム・イターの後輩だったかな?」

「はい。サクメイはその人の後に生まれた者でした」

 機械音声のような、奇妙な声色。サクメイと名乗った鹿。まだ人に近い輩たちより異質な雰囲気がある。

 彼らに超自然的な──霊験があった世代を目の当たりにして、至愚は必然的に好奇心がわく。人であった頃も含め長い時間を生きた己は、パーラム・イターの前代や多多邪の宮の格の違いを見てきた。あの鹿も劣るがそれらに近しい。

 このご時世、表に出てくるとは。

「何かを告げに来たのかい?」

「いいえ。見に来ました。パーラム・イターを殺めた人を」

「いやいや、殺めていないよ。私は封じ込めただけさ」

「…。それは失礼致しました。サクメイは勘違いをしていました」

 あれは遠隔操作式のロボットなのか。抑揚なく彼は話す。

(勘違いされて消されるのはごめんだね)

 内心、ホッとして鹿がガサガサと草薮をかき分けていくのを見送る。この世の者でない部類となりそれなりに泊をつけた自身でさえ、あの類いには勝てないだろう。サリエリ・クリウーチやそれ以外の『天使』や魑魅魍魎らも。

(にしても慎ましくなったな。昔はもっと勇ましい雰囲気があったはずだが)

 清楚凪(せいそな) 錯迷(さくめい)

 適当に名乗ったものだと至愚は心の中で愚痴る。まあ、この世の者でない部類に本来名など必要ない。名を欲しがるのは人間の真似をしたい輩か下級のヤツらだけだ。

 パーラム・イターの次に出現した異形の──理の塊。何を操り、何を管理するかまでは『生涯現役』では調べられなかった。ある時期からとんと姿を表さなくなり、今は誰も忘れている。

 あの様子だとパビャ子のように零落していないだろう。

 あるはずのない自由に魅力され、道を外れ、挙句の果てに痛い目を見たパーラム・イター。

 彼岸を渡れ、と名付けられた──哀れで、憎らしく間抜けな道化。

 そのようなこの世の者でない部類はたくさんいる。神と崇められた者も呆気なく魔が差して、転落する。珍しい事象じゃない。

 彼女の前代もしょうがない経緯だが転落してしまった。かのサクメイは奇跡的に生き延び、ああして上手く身を隠しているのだろう。

 生きた化石。それがぴったりとくる。

『道化』が己に課された仕事をしなくなったあたりから、彼は表舞台からすっかり出なくなったのを覚えている。やはり先々代の零落を存じているから、この世の者と接触を絶ったのだ。

 この世の者は様々な誘惑を携えている。こちら側にない、罪深き業と甘美な味を持つ。

 だから清廉な神霊や美しき妖精、夢の住人の如し天使、妖気を纏う悪魔──を穢れさせ、この世に引きずりこむ。

 それも遠いおとぎ話のような、原始の話。

 聖と俗が混じり合い、もうかつての化け物たちはいない。天変地異を起こす摩訶不思議な力もない。人に近づいている。

 元々人であった至愚だから分かる。原初の存在はあまりにも、人と価値観も存在理由も異なる。人間は毒だ。


 濃霧が立ち込める異界へ足を踏み入れる。ユキヒョウに限りなく酷似しているが、模様が異なる異形。自らと同じ人面獣である『覃(のびる、ひととなる)』が背中の毛ずくろいをしている。

 人面獣になる前の彼は掴みどころのない利発な印象があったが、今は微塵もない。チェシャ猫の如くニヤニヤと笑い、意味のない言葉をよこすだけ。

 天使代理人協会を牛耳るサリエリは余程、この男が怖かったのだろう。化け物に堕ち、恨みを持たれ、復讐されるのが。

 頭を破壊された彼は少なからず覚えているのか、サリエリが嫌いのようだ。

 顛末は異なるがパビャ子と似たすっからかんなのびるは至愚に気づき、ニヤニヤと笑う。

(アタシも一歩間違えばああなっていたのだろう)

「やあ、のびる。調子はどう?」

 人面獣同士、地面に座ると自らの分厚い手を確かめる。だいぶ土で汚れてしまった。

「──シグ。お前、何しに来た。死に関係なく来られると困る」

「あ?意味は無いよ。アンタが元気にしてるか心配でね」

「心配?あんん?心配だってぇ?」

 首をかしげ、心外だと彼は言い返してくる。

「清楚凪 錯迷。アンタ、会った事あるだろ?」

「ん?そんなヤツいたかあー」

「いたさ。アンタ、ソイツと大喧嘩しただろ」

 興味が無いとのびるはまた毛繕いをし始める。霧を纏い、常に水を含んだ毛並みを丁寧に整えるのは彼らしいと思う。

 白いスーツを気崩さず、モニターだらけの部屋で椅子に座っていた姿を思い出す。清楚凪 錯迷と戦い、ぼろ負けした際も身なりを正していた。

 負けたのに清々しいほどの佇まいに、従えていた天使たちが不思議と士気が高まった。次は勝てると叱咤しあった。

(まるで人間らが言う青春みたいだ)

 至愚はあの頃に思いを馳せ、ため息を着く。

「昔のよしみでアンタにお願いだよ。清楚凪 錯迷が零落するのを防いでくれ」

「はあ?」

「アタシらみたいのを増やしたくないんだよ。特にパビャ子」

「誰だぁ?それ」

 忘れているようだ。説明するのもめんどくさい。それは省き、彼女は真剣に向き合った。

「人の世に現れたって事は多分アイツは人間と接するつもりだ。何が起こるか分からない。それにバランスやらも変動が起きるはず。それを前回、アンタは防いだ。だがもう止めるヤツがいないんだよ」

「ふぅーん」

「人間は毒だ。数多の毒を持つ害獣だ。それに触れればもう戻れない、それを痛い程知ってるだろう。()()()()

 それを耳にした彼は真顔になった。「嫌いだなー。そーいうの」

「おい」

 姿を消そうとするのびるに、至愚は言いかけてやめた。今のは言いすぎた。やるせなさに、視線を落とした。

清楚凪 錯迷を早く色々登場させたいです。

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