きぐうなそっくりさん
無意味名 パビャ子は劣化したドアを開けると、見知らぬ気味の悪い森にいた。さっきまでは廃墟と化したアパートの通路だったはずなのに。
鬱蒼とした森は不気味な蛾が木にとまり、こちらを見ているようだった。そして何故かあちこちに信号機があって、赤く点滅している。そして串刺しにされた亡骸たちが信号機の犠牲になり──訳が分からないが、か細く呻いている。
アパート自体のイタズラの類だろうか。
「は?」
たまにアパートでない場合があるので、警戒していると「ねえ」と声をかけられた。
「はーい」
ニヤニヤ笑いを浮かべたパビャ子──つまり自分が背後にいて、少し固まる。しかしそういう事はたまにある。この世の者でない部類が化けてイタズラしてくるのだ。
「なになに?遊ぶの?」
「ねえ。君、何しにきたの?…あーあ、逃げられちゃったわー。意外と肝が据わってて驚いたよ」
そっくりさんはドアノブを握ったこちらをジロジロと眺める。
「自分から入ってきて何その顔。うざ」
「この空間なに?そっくりさんの部屋なの?」
「そっくりさん?真似してんのはそっちだろ?」
ここが何なのか説明してくれはせず、ニヤニヤ顔をやめ、ふてぶてしい何とも言えぬ表情をした。
「うわあ。そっくりさん、嫌な顔〜。私の顔でそーいう顔しないでくれるぅ?」
「ああ?お前みたいなヤツにサービスする必要ないじゃん。どけや」
雑にどつかれ、自分そっくりな女性はイライラと歩いていった。
「いった。やなヤツー」
蛾の目玉模様がこちらを凝視する。目玉模様たちかは部外者を冷遇し、信号機は赤いままぬめりと湿った空気を照らした。
蛾にしては大きく、目玉模様が異様に強調されている。フクロウのような双眸。
パビャ子はとりあえず近場にいた蛾を一匹、鷲掴み口に含む。
「これはなかなか」
「ちょっとてめえ!何してんだよ!」
居なくなったはずのそっくりさんが掴みかかってきた。
「ごめんねー。お腹すいてたからさぁ。何匹かもらうねえ」
「やめろ!これはアタシの眷属なんだよ!」
どことなく乎代子に似ているリアクションに、パビャ子は悪戯心がわく。
「ねえねえ、そっくりさん。そっちのゾンビみいのは食べていいの?」
蛾は諦め、串刺しになっている人を指さした。
「良いわけねえだろ。はあ、お前、どっからきたの?」
「乎代子が住んでる、屋根が赤い変なアパート」
「…ああ、なるほど。昔食った女のアパートね」
「食った?なんだァ!そっくりさんもご飯食うんじゃん!じゃあ、蛾食べあいっこしよ!」
「眷属を食べる馬鹿がいるか」
ふてぶてしい様相のまま、彼女はどうすべきか悩んでいるようだ。
「奇妙なこの世の者でない部類。何を施せば帰る?」
来訪者には施しが必要である。そうすれば帰る。この世の者でない部類にはそうされれば帰らなければならないルールがある。
「美味しいご飯、奢ってくれれば帰れるかも」
「御生憎様。ここに飯屋はないよ」
「ふぅーん。じゃあ、あの赤い水平らげよう」
あのくらいの川なら平げられそうだ。
「お前さ。真似してんのは分かるけど、同類だろ。そんな腹減ってんの、もしかして人食ってないの」
「人は食べらんないのよ。パビャ子さんは、優しいから」
「パビャ子、ねえ…ハハ」
苦笑に似たそれを浮かべ、こちらを見た。やはり雰囲気が乎代子に似ている。ニヤニヤしている時は自分にとてもそっくりだが、素面はこっちなんだろう。
(この人、乎代子の前世かな?それとも本質なのかな?)
仕草や喋り方。それは洞太 乎代子に酷似している。目の前にいるそっくりさんは彼女の前世だったのかもしれぬ。だがフィルターがかかってよく見えない。
人の魂や本質と言われる『人黄』に触れたいと思って、手を伸ばそうとした。
「アイツに縛られているのか。アイツに、縛られ齧りつかれ、染められ──憑かれている」
「え?」
「笑っちまうね!あーあ、最低な気分だ。パビャ子さん、出口ならあっちにあるよ」
暗い森の奥に防犯灯の明かりがチラついている。あれはアパートの前の道。何故、彼女は返してくれる気になったんだろう。
「パビャ子。いや、不格好な生き物。私の人黄なんて知らなくていい」
蛾が舞っている。我に返るといつもの景色に佇んでいた。急いで、乎代子に会わなきゃ。
乎代子は寝ているのだろうか。起こしたら、怒られてしまう?
でも不思議と彼女と話して仕草や口調、本質を眺めていたい気がした。
「よぉし!食いもんもらいにいこ!」
08月04日に投稿した「あついひのよるはあくむみやすい」のパビャ子ver.になります。
パビャ子さんは何にも動じないメンタルであって欲しいです。すっからかんな呑気な人が理想です。




