おわらないあくむ(なつのそら)とのびるくん
空腹が日に日に悪化して、グミや飴で誤魔化してみる。どれも腹を満たしてくれず──ミス(Miss)はヨロヨロと、マンションから飛び降りるために階段を登っていた。
高い所から落ちれば死ねるかもしれない。そうしたら覚めない悪夢から逃げられる。
悪夢に、絡められずっとこうして死に場所を探している。何をして死ねない。
なぜ。悪夢は終わらない?あの時、ふたこたま川駅で命を軽んじたから?
屋上に上がると、濃霧が視界を邪魔していた。さっきまで夏の空が広がっていたはず。
──何かが肉を食い散らかしていた。霧に溶け込む白い毛並みの大きな獣。
警備員の制服を着た誰かを食い荒らして、咀嚼音が耳につく。おぞましい光景よりも獣の異様さに恐怖を覚えた。
どう見ても頭部が人間に見えて、豹に似た肢体なのに尾がない。アレは普通の動物じゃない。ミス(Miss)となってから幾度となく目にしてきた──この世の者でない部類。
「ん、あ?お前、死にに来たね?ね?」
血まみれの口を笑わせて牙を見せつける。
「は、はい」
「ダメだね。お前らは死ねないよ。残念だね?悔しい?」
「…あの、それ」
「お昼ご飯だよ。コイツ、のびるが見えた。から、死に囚われていたヤツなの。だから、食べて大丈夫」
「は、はあ」
「お前。食うか?のびるはもうおなかいっぱいだから、あげる」
人面獣はニヤニヤと下品に笑っている。人の頭を持っているのに、人らしさを感じさせない。
「た、食べる?!まさか」
「へーええんなやつ。お前ら、人を食う。お前は食わない?死ぬためえ?」
ミス(Miss)は戸惑う。死ぬために人肉を拒む発想は無かった。そうか。餓死すれば悪夢から解放されるのか。
「アハハ!その顔、のびる好き!死ねると思って勘違いするその顔ぁ!お前ら、何しても死ねない──呪われたヤツら」
ダラリと死体が転がる。のびる、と自称する化け物は首をクルクルと回した。
「あげる。お前、いじりがいがある」
「…い、いや、どうすれば…す、少しだけなら」
強烈な空腹に負け、試しにアスファルトの血をなめた。「ヴオエッ!」
鉄の味がして吐き気がした──全然、美味しいと感じない。
「血はダメか?なら、内臓くえ。美味いいぞ」
「やめておきます…」
空腹でもう思考する気力もない。ミス(Miss)はしゃがみ込んだまま、ぼんやりと風に吹かれた。
「のびるはのびる。頭、破壊された。おバカになっちゃったあ♡けど、お前みたいな腹減ったヤツは可哀想に思える」
「のびるさん、と言うのですね。私は…ミスと言います」
首を傾げ、のびるはフサフサの前脚をなめて綺麗にしている。彼は化け物なりに同情してくれたようだ。
「のびるは死がある限りずーっとずーっと、この世界に居続ける。また、のびるに会えるなら今度はご飯くえ」
「は、はぁ」
人面獣は突如、空中にできた亀裂に吸い込まれていった。不思議な出来事に唖然としていたが、意外と優しい『人』だったと俯く。警備員の死体は猛獣に食い散らかされた酷い有様で、眼窩から肉片や血を流している。
これを食べる気にはなれない。グロテスクな状態にズレた価値観がこれでない、と囁く。
(南闇さんがたまにくれる骨、食べてみようかなあ…)
のびるくんは空腹な人には優しいんです。
ユキヒョウ、可愛いですよね。




