うそものかぞく
多田 香純は祖母に引き取られる前から使っていた──自らの自室を封じたまま、何年も過ごしている。理由も忘れた。なぜ、自室があるのに和室で寝ているのかも。
どうでもいい。どうでも。胸糞が悪くなる。
学校でいじめられても耐えられるくらいに。
「おはよ〜」
床で座っている赤谷 美萌に挨拶する。どうやら彼女は寝る必要がないらしく、暇を持て余し、よくフローリングに体育座りをしている。
拉致監禁されたせいでこうするのが板についてしまったらしい。
「おはようございます。先輩」
「朝ごはん作るね」
「手伝います」
料理は得意な方で、才色兼備な美萌もしっかり調理はできる。二人で何気なく朝ごはんを作るのは意外と楽しかった。友達と過ごしているみたで。
これまで友達はいなかった。『家庭の事情』が外部にバレて、周りから避けられていたから。
「先輩は何でもできますね〜。洗濯も掃除も」
「まあ、1人で育ってきたようなものだから」
「女中さんがいたから、家事をするのは新鮮です」
(女中さんかあ…)
彼女の玄関に見知らぬ人が居たのを思い出し、あれがそうなのかと納得する。裕福な家庭で育ってきた隣の後輩へ複雑な気持ちになった。
自らはどちらかと言うと貧困層だった。それも最低な家庭環境。
「じゃーん、スクランブルエッグとトーストです!」
「美味しそう」
自分は和食派なので味噌汁と昨日の夕食を使い回した。
テーブルで向かい合ってご飯を食べる。話しながら幸せな時間を送る。──見せかけのツギハギの幸せ。
「お祖母様にはご飯、あげないんですか?」
「うん。たまにお供えするくらいかな」
「そうなんですねえ」
ソファで防腐加工された老婆を見て、後輩は無邪気に笑う。毎日甲斐甲斐しく『介護』をする先輩を見て──彼女は「イメージ通りお人好しですよね、先輩って」と茶化してきた。
「お人好しじゃないよ。目立つとね、また厄介な事になるから…」
「…すいません。先輩、辛い思いしてたのに」
学校でいじめられていた時期があり、それを何もできずに傍観していた自らを悔いていると赤谷 美萌は打ち明けてくれていた。
仕方ない。いじめとは標的がすぐ変わる。美萌もいじめられてしまう危険性があった。
「おばあちゃんはね。居てくれるだけでいいの」
「はい」
「居てくれるだけで…私にはそれでいい」
見苦しい笑みを浮かべるしかない。彼女にはどう映るだろうか?
祖母を拠り所にする、健気な孫?
(──違う。私に必要なのは住まいと年金。そしておばあちゃんの親戚からの仕送り。それさえあればまだ生活できる)
別に祖母は好きではなかった。母親に似てすぐ怒鳴りつけ、手を出してくる。まだ父と母にお仕置として熱湯をかけられるよりマシだとは思っていた。
祖母は物言わぬ状態になり、椅子に腰掛けて存在している。そっちの祖母の方が優しい気がして、だから甲斐甲斐しく『介護』をしているのかもしれない。
「今日は何しますか?なんか、遊びません?」
「トランプとかオセロとか?」
「それもいいですけど…血抜きしながら遊びしましょう」
「…いいよ」
浴室にある数体の遺体を思い出し、頷くしか無かった。赤谷 美萌は人体を無下に扱いたがる。遊びの一環でまた残酷な解体ショーをするのだろう。
狂っている。自分の世界は、いつからか狂いだした。最初から狂っていたのかもしれぬが、もう手遅れな場所まで来てしまった。
(それならいっそ、)
香純ちゃんの裏設定をお披露目できたような、そんなような。




