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虚無なありきたり 〜別乾坤奇譚〜  作者: 犬冠 雲映子
ンキリトリセン(ミスの決別と清楚凪 錯迷の襲来編)
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さるのいえ

 パビャ子は他人の家の冷蔵庫を漁っていた。このご時世、無施錠の裏口から堂々と入って大型の冷蔵庫を漁る。

 冷凍庫のバニラアイスクリームを食べていると、何かが振り子のように、微弱に揺れているのに気づいた。居間の切れかかった照明器具に一時照らされる──一家心中の光景。

 人の世で忌避され、なぜか重罪とされている一家心中。縊死した彼らはかなり日が経つのか、ミイラ化していた。

 不思議だ。

 夏場なら肉が腐敗してしまうのに、彼らはエジプトやマヤの遺跡から出土するミイラのように見事な有様になっている。

 この世の者でない部類の仕業か?

 にしては。居間には遺書らしき紙が置かれ、やはり人間らが自らやったのだとパビャ子は違和感を覚えた。

 まあ、いい。冷蔵庫のご飯をたくさんもらってしまおう。

 すると廊下をドタバタと走る音がして「誰だ!」と怒鳴られた。

「やべえ!」

 慌てて逃げ、舌打ちする。死んだ家に人がいるなんて。


『田中』と表札がある一軒家から奥さんが出てきて、ご近所さんと朝の挨拶をする。暑いですね。ええ、全く。

 パビャ子はそれを遠巻きに眺め、あの人は首を吊っていた家族の一人だとさらに謎が深まる。

 周りは何も知らないのか──と。

 さらに玄関から元気ハツラツな子供が出てきて「行ってきまーす!」と塾カバンを手に走っていった。

 不可思議。あれは夜の幻覚だったのだろうか?

「幻覚じゃあないよ」

 どこからか声がする。音源を探すと、やつれた男が電信柱の影から手招きをしている。

 無言で佇んでいるとため息をついたようにこっちに歩み寄ってきた。彼は小声で。

「あの家は化け物の猿に乗っ取られてる」

「猿?」

「ああ、あの家。みんな、とっくのとおに死んでるのに。猿が人間の真似をして生活しているんだ」

 彼は新聞配達をしているらしく、生前の田中家を存じているのだという。

「なんで猿が、そこまでして?」

 パビャ子は訳が分からない。専業主婦して、あるいは塾に通い必死に勉強して、仕事をして──獣より辛いではないか。

 しかも他人の人生を演じるとは。自由が大好きなパビャ子には到底できない。

「ほら、あの山がな、開発されたんだ。だからアイツら人に化けて暮らしてる。賢い選択だと思うよ」

「ふぅーん」

 新聞配達員の男は化け物の猿たち否定も肯定もせず、去っていった。見てしまったのだろうか?猿が化けるのを忘れた隙を。

「まあ、いいや」

 パビャ子にはどうでもいい。住処を奪われた猿たちの苦悩も、一家心中しなければならぬほど追い詰められた人らの暮らしも。

 通報されないだけまだマシだった。


 夜明け前、お腹が空いてフラフラさまよっているとあの新聞配達員がバイクで新聞を郵便受けに入れているのを見かけた。

 何かが違う。何か。

 見た目は何も変わっていないのに。何かが。

 普通ではない。この世の者でない。

 自然と嫌な気持ちになった。──彼も、成り代わられてしまったのだろうか?なら乎代子も、そうなるかもしれないのか?

「やだ」

 パビャ子は走り出して、遠い乎代子が住むアパートを目指す。「やだやだ!」

 廃墟のアパートのある部屋を無断で開けると、乎代子が布団の上で驚いていた。「どうした?」

「乎代子?乎代子だよね?」

「は?」

「良かった。乎代子だ」

 いつも通りの洞太 乎代子が眼前でハテナを浮かべて、訝しそうにこちらを見返している。

「何か見たの?」

 猿の家の話をした。その後、誰かに成り代わられた新聞配達員の話もした。乎代子は興味深そうに耳を傾けて、ご褒美にコンビニのおにぎりを二つくれた。

「もしも居場所がなくなったら、パビャ子は私に成り代わるのか?」

「え?」

「パビャ子が存在できないような危機に出くわしたら。私を殺して、洞太 乎代子に化けるのか?」

 乎代子は笑いも茶化しも、恐れもせずに。静かに言った。

「私にできるのかな。乎代子のフリ」

「あー、できなさそう。パビャ子は個性が強いからね」

「なにそれええ」

 ムッとしたが彼女の言葉が突き刺さる。何だか酷い言葉だが、この世の者でない部類の本質はそうするのだろう。

 乎代子を知らない。乎代子を隅々まで知る必要ない。乎代子の内情を詮索するのは『自由』ではない。

 しかし誰かに乎代子に成り代わられてしまうのは嫌だった。

(ワガママ、ってヤツだ)

 ワガママだと自覚してニヤニヤ笑い、おにぎりを食べる。ワガママは我が儘。

 我が儘は我の儘、自分の自由。自由だ。ならいいじゃないか。自由なんだから。

パビャ子って変化(へんげ)できるのかな、と書いていて思いました。

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