はっぴーはっぴーすまいる ぐりん ぐりん
洞太 乎代子は人生初、穴に落ちた。穴といっても落とし穴ではなく、道路が陥没してできた──訳の分からない穴だった。
轟音と非日常の光景に周りの人たちがざわめき、数人落ちたらしく騒がしくなる。上に向かって助けを求める人ら。
しかし乎代子はあきらめが悪いので──穴の先、謎の空洞を進んだ。
どうやら地下水路か、それか何かの拍子にできた空洞の道か。
常に持参している小型の懐中電灯で照らしていくと、少し開けた空間に出た。
「あ、こんにちは。初めまして、ではないですよね」
「あー、えっと…誰でしたっけ」
光に照らされた、シャベルを手にした青年を前にして、乎代子はすっからかんの頭の中で知人であるか思い出した。
「僕は咋噬 南闇と申します」
「改めて?私は洞太 乎代子です」
笑顔が爽やかな彼は大きなずた袋を三つ並べて、隅に積んでいる赤土を被せようとしていた。
「ほら、関東ローム層は骨まで溶かしてしまいますから、なるべく早めに取り出したいですね」
「ああ、関東ローム層…たまに聞きます」
「ええ。乎代子さんは何しに来たんですか?僕が作った通路を通ってくるなんて、なかなか鋭い方だ」
シャベルの刃先を向け、軽く威嚇してきた。慌てて両手を上げた。
「いや、勝手に地面が割れて落ちちゃったんですよ…で、進んだらここに」
「ふうむ。では乎代子さん、来た道を塞ぎましょう。警察にバレてしまいます」
「え?」
ずた袋は人の形をしている。という事は彼は──考えるのを止め、乎代子は渡された小さなスコップで盛土で蓋をする作業に没頭する。自分は何をしているのか?
分からぬまま、何とか隠蔽工作をした。
「はあ…疲れた…」
「手間をかけさせてすいません。地上に出たら奢ります」
「いやいや…」
相変わらずの好青年を醸し出す笑みに、本心が見えず接しにくいと感じる。作られすぎた笑顔は時に気味が悪い。
「乎代子さん、笑顔です。すごく陰気臭い顔になっていますよ」
「ああ、よく言われます」
対して自分は陰気臭いだの、暗いだの。頑張ってみても笑顔も不自然になってしまう。
「笑ってみてください。笑いは健康にいいと言われています。作り笑いでもね」
「たまに聞きます。それ」
試しに笑ってみて、南闇が無言な様子を見るに変な顔になっているのだと悟る。
「僕も笑顔は好きではないのですが、板についてしまって」
こちらです、と慣れた様子で案内され違う『道』を歩く。この人はひっそりと地下道を作っているのか。
「昔、普通の大学生だった時に大変な目にあいまして。その時に男色家に捕まりましてね。毎日、笑えと脅されたんです」
「え、ええ…」
「笑えば何とかなると思って必死に笑っていたら、笑顔が治らなくなってですね。困ったものですよ」
なんて事のない話題のように彼は笑う。
「あ、地面に出ます。コーヒーでも奢ります」
「すいません。道案内までしてもらって」
気がつけば空き地の廃材の裏におり、南闇は穴にトタンを立てかけた簡素なドアで蓋をした。
「はあ、地上は暑いです」
輝くような微笑みに悪寒がするも、乎代子は適当に頷きコーヒーを奢って貰う事を一番に考えた。
南闇くんの笑顔のちょっとしたお話です。
実際、関東ローム層ってどのくらいまで幅があるのか分からないので(ggrks案件)、そこはファンタジーです。




