ひきょうならふくん
ラファティ・アスケラはあの『ギャビー・リッター』が本人でないと知っていた。なぜだか周りはあの人をギャビー・リッターだと思い込み、それまで通りに接している。
あのサリエリすら、ギャビーがすげ替えられていると認識していない。
しかしラファティだけはその『魔法』が通じなかった。
怖いし、バレるのが嫌で今まで通りに見知らぬ彼女へ必死に話しかけた。
ギャビー・リッターはあのような口調ではない。
ギャビー・リッターは低身長ではない。
ギャビー・リッターは──サリエリと一番、仲が良かった。
偽物の、オドオドした彼女からたまに冷たい、獰猛な獣に睨まれているような気がしてしかたない。
残念ながら自分は、酷いヤツなので化け物に殺されないように、フランクに接するふりをしながら媚びるしかなかった。
自身が得意な、見て見ぬふりをするしかない。
「ラフ。アンタが天使を名乗ってるなんて、笑かすよ」
至愚が皮肉を言って、意地悪く笑う。
「ペテン師、ぺ、天使…なんて。ははは!」
「やめてくださいよ。イジりに来たんですか?」
人面獣はいやいや、と否定した。
「本物のギャビー・リッターに花をたむけにきたんだ。多分、今日が命日だろうから」
仏花を雑に地面に置くと、彼女はしばし黙祷した。
「この、場所が?」
変哲もない、脇道が?
「ああ、ここであの女にトドメを刺された。逃げていたのに、見つかってね」
「知っていんですか」
だが、赤毛の凛々しい顔をした化け物は否定も肯定もしなかった。そして冷たい目をしてこちらを見た。
「お前に教える価値なんてないよ」
今のギャビー・リッターに、似たような瞳で同じ言葉を吐かれたのを思い出して──黙るしか無かった。
「で、ですよね〜。俺、サイテーですから」
「じゃあ、引き続きパビャ子のお守りを頼むよ」
人面獣は分厚い足の平と鋭い爪でアスファルトに傷をつけながら、去っていった。
「…はあ、疲れた。ずっと疲れっぱなしだ」
希死念慮に似ただるさに襲われ、夜中の静まり返った町を歩く。公園でブランコでもこごうかな、と思いつき、彼はムシムシした風に吹かれた。
ラフくん…。




