あついひのよるはあくむみやすい
乎代子は目を覚ますと、見知らぬ気味の悪い森にいた。寝る前までは廃墟と化したアパートだったはずなのに。
鬱蒼とした森は不気味な蛾が木にとまり、こちらを見ているようだった。そして何故かあちこちに信号機があって、赤く点滅している。そして串刺しにされた亡骸たちが信号機の犠牲になり──訳が分からないが、か細く呻いている。
悪夢の類だろうか。
「なんだこれ…夢だよな?」
たまに夢でない場合があるので、警戒していると「ねえ」と声をかけられた。
「ああ、パビャ子」
ニヤニヤ笑いを浮かべたパビャ子が背後にいて、少し驚く。
「ここ──」
「ねえ、返してよ」
雰囲気がいつもと異なり、ハッキリとした口調で言われた。
「返す?な、何か借りた?」
反対に借りパクされた物はたくさんあれど、彼女から借してもらった物はない。
「私の力、返してよ」
鋭い牙が唇から覗き、乎代子は一気に走り出した。今まで己の警告には正しく従ってきた。これもそうだ。
信号機から離れた場所に、血の川があり仕方なく渡ることにした。意外と深い。ザバザバと向こう岸に渡りたい。
──いや、渡ってしまったらマズイのではないか?
「あははっ、逃げてるつもり〜?」
隙を突かれ頭を捕まれ、川に沈められる。空気が足りず暴れたが、力が強すぎて敵わない。
「ちから、って何だよ?!厨二病かよ?!」
水面にわずかに上がった際にパビャ子へ罵声を浴びせた。
「ふうん?覚えてないんだ?じゃあ、思い出させてあげる」
また川に沈められ、死を覚悟する。一体自分は何をしたと言うんだ?自問自答する前にまた空気を吸わされる。繰り返される。
これは拷問だ。
「パビャ子…私は、何か、悪い事を…」
「ここまで酷いコトされても普通の人のつもりでいるとかさ〜。逆にすごくない?」
「お前パビャ子じゃないな!化け物めが!」
パビャ子はそんな笑いをしない。パビャ子はそんな口調じゃない。
「普通の人じゃないなら、フツーそこで私を殺すよね?私が持ってた力で」
「だから…」
血の川の底にある何かを垣間見て、早く這い出したくなった。でないと沈められ二度と戻れなくなる。
「…ざっこ。イライラしてきちゃったな。こんな奴に閉じ込められてるなんてさ」
「パビャ子はそんな事言わない!」
ビンタをかまし、脛を蹴った。地味に痛い仕返しに元きた方向の河岸へたどり着く。
「起きろ!起きろ!起きろ起きろ!」
必死に念じて乎代子は気色悪い信号機の先にある景色に向かい、走っていった。その先には──夜に沈んだ一軒家があった。
「あれは」
目が覚めて背中がびっしょりだ。熱帯夜もあり、暑すぎて魘されたのかもしれない。
「どしたの」
いきなり視界にパビャ子が現れ、ドスの効いた悲鳴をあげてしまった。
「なんでいんだよ!」
「だってパビャ子パビャ子言ってたから」
彼女は頬を染めてわざとらしく照れてみせる。その光景に涙が出てしまった。「えー!何?!そんな怖い夢見たの!?!」
「っ、ぐ、ぐぎ」
「すげー怖い顔してる!大丈夫よ〜乎代子ちゃん。パビャ子がついていますからね」
よちよち、とバカにされても、疲労困憊して嫌がれなかった。
「ええ〜〜っ」
その様子を心配したパビャ子がラファティ・アスケラを呼んで、焼肉を奢って欲しいと頼んだという。
百合成分が出せなかった。




