第1話
主人公の名前決まりました。
本文中には名字しか出てきませんが、名前は中原 将となります。
よろしくお願いします。
以下追記
1章の加筆修正に時間がかかる為、2章の投稿が遅れます。申し訳ありません。
個人的に衝撃的だった企画課森川課長(元上司)の内示から1週間後、元々開発志望だったので、辞令に従い新しい職場へと異動した。
異動先は第2開発部。新規プロジェクトの為に1年前立ち上げられた部署で、そこへの追加要員としての参加だ。もっとも、担当業務はシステム開発ではない。
そして勤務場所は実家近辺。その結果アパートでの一人暮らしから実家に出戻りする事になり、両親からは会社を辞めたのかと心配された。まして新しい業務はリモートワークではない為、説明にかなり苦労した。
多分、両親は今も疑っている。来月分の給与明細を見せるまで、完全に疑いが晴れる事はないだろう。最近は食事時に色々言われて面倒だ。
全く、息子が信用出来ないのだろうか?
『息子だから信用出来ない』それは酷くないですか、母上様。
『近所の香取さんが忙しいみたいだから、どうだ?』嫌です父上様。それ幼馴染みが立ち上げた会社の事ですよね。
こんな会話を食事毎に続けているけど、疑いどころか完全に辞めたと確信されている気がする。俺はどれだけ信用がないのだろうか。もう、以前のアパートに逃げ帰りたくなってきた。
そんな、実家での心暖まる日々を経て、開発部での初出勤日。待ち合わせ場所で案内役の開発担当者を待ちながら、自分の業務内容について説明を受けた日の事を思い出していた。
森川課長からの内示を受けた翌々日、異動を受け入れた俺は、新しく上司となる大江部長から事前説明の為に呼び出された。
森川課長と一緒に指定された会議室で待つ。
課長によると、部長はかなりの遣り手らしい。曰く『自分とは比べ物にならない』との事だけど、それはどういう意味でしょうか?不安しかありません。
しかもここ、前回連れてこられた部屋だ。縁起が悪いかも知れない。
色々な意味で震えが止まらなくなり、チワワの様な俺を無表情に観察している現上司。いや、これは呆れているな。3ヶ月間だけの部下でも判ります。
もうすぐ元上司となる森川課長の視線に晒されていると、入り口からセキュリティ認証の音がする。そちらに目を向けると、一人の女性が入室してきた。どうやら、彼女が大江部長らしい。
震えが止まると同時に理解する。この人はあいつと一緒で≪本物≫だ。俺みたいな紛い物ではない。
意図しない遭遇に思わず意識が逸れかけるが、小さく頭を振って立て直す。今はそれを考える時ではない。
少々挙動不審だったが、元々震えていた事が幸いして課長には気付かれなかった様だ。もっとも、大江部長からは挙動不審と思われたかも知れない。初印象は良くなさそうだ。
此方の内心を余所に、新旧上司が挨拶している。此方に話が振られたので名乗り頭を下げると、部長が名乗り返してきた。どうやら、先程の動きは見なかった事にしたらしい。あまり触れられたくない部分なので、ありがたい。
…まだ思考が引き摺られている、気を付けないと。
黙り込んでいると、課長が部長に取り成してくれた。
「中原は珍しく緊張している様です。少し挙動不審ですが、大目に見てください」
課長、それではフォローになっていません。でも、悪印象と引き換えで、精神的には立て直せました。感謝は出来そうにないけど。
口に出来ない小さな不満等気付かれる筈もなく、「それでは、私は失礼します」と言って、課長が退室しようとする。
あれ、もうお戻りですか?御守り代わりに横に居てくれるとありがたいのですが。今のところ優しそうだけど、センサーに反応した人と初対面で二人きりは精神的に厳しくなる恐れが無きにしもあらず。端的に言ってトラウマが目覚める恐れがあります。
願いも虚しく、課長は出ていった。この後、社内秘に関係する説明があるから当然の結果だけど、心細い。またプルプル震えそうだ。思えば最初に震えていたのも、無意識で部長を感知していたのが理由かも知れない。
どうしよう、気付いたら余計震えそうになってきた。
結局震えてしまった俺を見て、『空調の温度を上げる?』と優しく聞いてくる大江部長。
寒さが理由ではないので、大丈夫です。
それより優しさの裏から感じる、得体の知れない何かが増している気がするので、帰ってもいいでしょうか?
きっと駄目ですよね、声に出来ませんが答えは知っています。今までこういう時に、逃げ出せた記憶がないので。
案の定、部長は何故か出入口付近を押さえると、説明を開始する。
そちらは下座なので、場所を入れ換えませんか?
『奥の方が暖かい気がするので、このままで』
お気遣いありがとう御座います部長。でも、全館空調なので多分気のせいだと思われます。けして余計な事は言いませんが。
そうやって逃げ道を封じられた上で始まった打ち合わせ。内容は以下の通りだった。
大前提として、これから話す事は全て社内秘であり、権限保持者以外の第三者に開示しない
担当業務は新規開発しているAR(拡張現実)システムの社内テスト
フィールドワークもあるが、危険は少ないと思われるので危険手当は無し(何かあれば労災で対応)
システムの性質上、テスト時に体を動かす必要あ(何かあれば労災で対応)
不具合やインターフェースの仕様変更も含めて、忌憚の無い意見をあげて欲しい
自由裁量なので残業代は無し(開発状況に応じて仕事量が増減する為)
機密保持の為、プロジェクト詳細については部署異動以降に説明
1年後にβテストを予定
要約すると以上となるが、率直な感想としては『微妙に胡散臭い』と思う。
第三者への情報非開示は当然だけど、プロジェクト詳細が説明されない事は想定外だった。社内秘なので配属前に話せないと言われれば理解は出来るけど、説明の為に呼ばれた事を思うと釈然としない。もしかして
別の理由があるのだろうか?
労災の件も、少し気になる。『フィールドワーク業務で労災申請する可能性がある』と言われれば、不審とまでは言えない。けれど、危険手当に言及するのは違和感がある。もっとも、フィールドワークの説明と合わせれば矛盾がない。
他の項目についても、違和感は覚えても決定的な理論の破綻は無い。
ただ、それらを踏まえて、何故か出入口を押されられた様な、逃がさないとでも言われている様な違和感と合わせると、『微妙に胡散臭い』という感想が出てくる。ただの勘ではあるけれど、幼馴染みに(強制的に)鍛えられたセンサーが反応している以上、軽く扱う訳にはいかない。
…いかないけど、大江部長の笑顔は怖いなぁ。あんなに綺麗な笑顔なのに、何でこんなに怖いのか…
最初の含みの無い笑顔、優しさの裏に何か隠れていそうな笑顔、唯々怖い笑顔。全て同じ笑顔なのに、感じる印象はまるで違った。
流石は部長、笑顔一つで全てを片付けるところは森川課長とは格が違う。これが『比べ物にならない』という事か。そういえば、この人は≪本物≫だった。格が違うのも当然か。
≪本物≫と再び出会ったあの日を思いだし、過日へ想いを馳せていると、目の前に小型ワゴン車が止まる。
後部ドアが開くと、小柄な女性がいきなり声をかけてくる。
「中原さんですね、移動するので乗ってください」
と言われたけど、唐突すぎて咄嗟に動けずに女性と見つめ合う。結構可愛いかもしれない。あっ、少し赤くなった。
目の前の彼女は軽く咳払いすると、社員証を提示してきた。
「第2開発部の竹崎です。今日からよろしくお願いします」
どうやら、最初の言葉はなかった事にしたい様だ。改めて挨拶をしてきたので、此方も身分証を提示して挨拶を返し、車に乗り込む。思うところはあるけれど、悪い人ではなさそうだ。ポンコツ可愛い。
そう考えていると、顔が赤い彼女が腕を叩いてくる。結構痛かったので腕を見ると、身分証の角で叩かれていた。
折角話を合わせたのに、角は酷いと思います。
読んでくれた方がいれば、ありがとうございました。