変わるもの
朝の食卓、いつもなら既に全員が揃っている時刻なのにマリーとライラが居ないことにレヴィは首をかしげた。近くにいた者に話を聞けば、静かに報告を始める。
「早朝にマリー様がライラ様に診察をお願いしたと聞いております」
「なんでもっと早くにそれを言わないんだよ!?」
レヴィは怒鳴り声をあげながら急いでライラの部屋へと向かう。いつも完璧に仕事をこなす彼らなのに、今日に限ってなぜマリーの不調を報告してくれないのかとイライラした。
いざライラの部屋の前に来て躊躇する。もしマリーが体調不良で寝ていたら、ノックの音で起こしてしまう可能性があるからだ。かといって部屋にいきなり侵入するのは失礼だろう。レヴィは小さく静かに扉をノックした…起きていたら聞こえる程度の音で。
中からライラが姿を現す。
「レヴィか。ちょうど話したいことがあったから隣の部屋に来てくれない?」
「マリーのこと?」
「そのこと。別に病気じゃなかったんだけどさ」
病気ではないという言葉に胸をなでおろしながら、レヴィは隣の部屋に移る。そこはライラが執筆活動をするための部屋であり、彼女が書いた様々な原稿がある。これから専門書になるだろう紙の束に囲まれてレヴィは肩身狭く体を縮こませていた。
「マリーは大丈夫なの?」
「驚いたみたいだけど平気。ひとまず一週間ほど様子をみるけど」
「一週間も!?本当に病気じゃないんだよね!?」
真っ青になるレヴィに対し、ライラは大きく頷いた。彼女は不安そうな表情をするどころか、むしろリラックスしている。
「アタシの専門だから」
レヴィは暫く考えて、その意味に気付き顔を赤くした。もともとライラは女性専門の医師である。女性特有の病気や悩みはもちろん、赤ん坊に関することも携わってきた。そのことを思い出したのである。
「ええと、じゃあ、マリーは平気、なんだね?」
「むしろ健康になったと言うべきかな。安心したよ」
「時間がかかったのは?」
「マリーがこの類のこと何も知らなくてね。パニックになってたから授業してたの」
マリーを迎え入れた時、ライラは「子を望めない可能性がある」とレヴィに告げている。その可能性はずっと二人の頭の片隅にあった。それが今日になって子ができる可能性が大きく芽吹いたのである。
「そっか。そっか。マリーは元気になってるんだ」
レヴィは嬉しくて思わずポロリと涙を零してしまった。ライラはそんなレヴィの様子をじいと見ている。
「やっぱり子供が欲しかった?」
「え!?いや!無かったら無いでも平気ですけど!?マリーが子供を欲しいかは別ですし!?ていうか、マリーが僕との子供が欲しいかは別じゃない!?」
「マリーが欲しいって言ったら?」
赤くなって俯くレヴィは、口をモゴモゴさせながらも答える。
「嬉しい、けど」
「けど?」
「出産って凄い大変なんでしょ?マラソンなんて目じゃないって言うし。僕は男だけど簡単にできることじゃないってことぐらい解ってる。だから嬉しいけど、今はまだ頑張らないでほしい、かな」
その答えにライラは満足気に笑う。彼女は色んな父親とも会ってきたが、中には出産の大変さを全く理解しない人だっていた。だからこそレヴィがその類だったら平手打ちぐらいしてやろうと思ったが、それは杞憂だったらしい。
「そういうわけだから。体調が良かったら三日で仕事に戻ってもらうよ」
「うん。ありがとうライラ」
「レヴィはちゃんと仕事しなよ」
顔をしわしわにしながら部屋を出ていくレヴィ。このまま朝食をとり、仕事に向かうのだろう。ライラは一人で笑いをこらえていた。
(レヴィもすっかりパニックだな。この部屋、アタシの寝室と繋がってるの忘れてるとか)
扉の向こうでガタリという音が聞こえる。今日も働くといって聞かなかったマリーが大人しくなってくれればいいのだけどと思いながら、ライラもまた朝食をとるために部屋を出ていくのだった。




