有意義な仕事
なるべく正確な地図を描くというレヴィの仕事を、マリーは手伝っている。慎重で絵心もあるとして、レヴィに代わって図を描くことも多い。マリーは地形図と呼ばれるものを描く手伝いをしていた。
「そこって【扇状地】なんだ」
レヴィの言葉にマリーはぴくりと手を止める。なにか間違いをしてしまっただろうかと不安になるマリーの横から、レヴィの手が伸びる。今まさにマリーが描いていた地図の真ん中にとんと指が置かれた。
「こういう地形のことを【扇状地】って言うんだよ。扇のような形をしているでしょ?」
「センジョーチ?」
等高線で描かれた山の間にある、平らな土地だ。言われてみれば扇を広げたような形をしている。
「こういう場所は果物とかに良いんだ。美味しいブドウとかできやすくて」
レヴィはそこで言葉を切り、山と積まれた資料を次々とめくり始めた。目当ての資料をみつけると、その内容にざっと目を通す。マリーはその間ずっと縮こまってレヴィが話し始めるのを待っていた。
資料から顔をあげたレヴィは小さくなっているマリーに気付き、慌てて「ごめん!」と謝る。
「急に気になったから!放ったらかしにしちゃったね」
「あ、いえ」
どう答えようか迷うマリーの前に、レヴィはぱさりと資料を広げる。
「この辺りは人が住むと危ないっていう伝承が残ってたのを思い出して。土砂崩れのことだったんだね」
マリーも資料を手にとって中身を見る。その地に住んでいた者たちが神の怒りに触れた、という伝承が書き連ねられていた。けれど具体的なことはよく解らず、その地に住むことは禁忌とされているとしか書かれていない。
「土砂崩れがあったから人が住まなくなったんですか?」
「十中八九そうだろうね。でも、扇状地だって解ったなら話は別だ。土砂崩れが起きないように対策すれば、ブドウをいっぱい作れるかもよ?」
悪戯っぽく笑うレヴィ。マリーは歴史が変わるような、そんな瞬間に立ち会えたような気がしてドキドキする。正確な地図を描くという仕事の大事さを、今まさに実感していた。
マリーとそんな楽しい話をした後で、レヴィは別の資料を広げる。今まさに虐めて遊んでいる、とある領地のことが書かれたものだ。
(この辺りは小麦の収量が減ってるんだ。ちゃんと整備すれば戻るだろうけど、それをしてないって事は知らないって事だよねえ?)
悪い笑顔を隠して王への手紙を綴る。マリーが発見した扇状地のことと、安値で奪い取れそうな土地のことを。お金に困った人からすれば大金に見えるだろうが、長い目で見れば端金同然な金額をもしっかりと書いておいた。
(男爵様は最近お金に困っているご様子、ちょっとでも手助けになればなぁんてね?)
レヴィは鼻歌まじりに手紙のインクを乾かす。切り分けられたピザのように細切れにされていく領地のことを思うと楽しくて仕方なかった。