破滅の足音
「婚約を解消したい?」
とある男爵家にて行われた話し合い。そこで彼らは懇意にしていた子爵家から婚約解消を乞われた。男爵の娘、アンゼリカに婿入りする予定の子息がいる家だ。
「私としても心苦しいのですが、互いのため距離を置くべきだと判断しました」
男爵は周りから人が減ってきているのは気付いていた。去年、それなりに来ていた招待状は少しずつ数を減らしていった。今年に入ってからはシーズン中だというのに彼らを呼ぶ手紙が一通も来ない。いったい何故と彼らが考えていた矢先の出来事だった。
「何故です!?そんな一方的に!」
男爵が立ち上がって慰謝料でも請求しようかと口を開いたが、それより早く子爵が告げた。
「貴殿は陛下と懇意なご様子。陛下が直々にマリー嬢を祝福されたと風の便りで聞きましたぞ」
「は?」
貴族風の言い回しにみるみる男爵の顔が青ざめる。彼は今になって自分の置かれている状況にようやっと気付いたのだ。子爵どころではない、この国にいる全ての貴族から避けられる充分な理由ができていたのである。
「名誉ある男爵家を継ぐなど愚息には荷が重すぎます。ゆえに辞退させて頂きたいのです」
「待ってください!誤解です!」
「誤解、とは?」
男爵は黙ってしまった。彼はずっと勘違いをしていた。彼は蔑まれた一族に厄介払いができたと喜んでいた。実際は、王が命じた婚姻でなんの準備もせずマリーを送り出してしまったというのに!
王はただ一言こう言えばいい「マリーのドレスはこちらが準備せざるをえなかった」と。それだけで周りの者達は悟るだろう。男爵が王からの命令にどう応じたのかを。
「婚約はなかった事にしましょう。返事をお待ちしておりますよ」
子爵は書類を差し出してすぐ席を立つ。長居をしたくないという彼の考えが透けて見えるようだった。
彼が屋敷を後にしてすぐ男爵は執務室に戻り、金を払う準備に取り掛かる。
「今からでもアレに金を!」
しかし、いったい何処に金を送ればいいか解らない。マリーの嫁いだ家は、届け方を知らないかぎり手紙のやり取りすら不可能なのだ。
「ちょっと男爵~!今更気付くとか遅くなぁ~い!?」
レヴィはケタケタと笑いながら事の顛末が書かれた手紙を読んでいた。王直筆を示す、特殊なデザインの封蝋でもって送られてきた手紙である。その様子を見てライラもニヤリと笑った。
「そうさせたレヴィの【装備勝ち】じゃん?」
「まーね。一年越しに知るよう手を回したかいがあったわ~!」
レヴィはけして善人ではない、むしろ陰湿でプライドが高く捻くれ者だ。それも一度に復讐するよりも、じわじわと真綿で首を絞めるような仕返しを好む。反撃する余地を残すのがレヴィのやり方だ。
「僕って慈悲深いと思わない?今ならまだ男爵領が盛り上がるような一手をうてれば、陛下の評価は戻るんだからさぁ!ヒヒヒ!」
その言葉に偽りはない。男爵がなにかしらの大発見をしたり、功績をあげることに成功すれば、王は今回のことを水に流してくれるだろう。そんな奇跡が起こればの話だが。
男爵が足掻いている間もレヴィは攻撃し続ける。チクチクと嫌なところを攻めて、緩やかに没落させる。もし、そんな攻撃にも屈せず返り咲くことができたのなら、レヴィは素直に負けを認めるつもりだ。あるかも解らない未来だが。
「王様に何か教えてあげるの?」
「【地層】について幾つか教えてあげるつもり」
それは新たな知識。この世界にはまだ知られていないもの。王はこの家に味方するほどにその報酬を得られるのだ。金や資源よりも強みとなるもの。王はそれを欲するがゆえに、彼らを庇護している。彼らはそのお礼に王に協力している。その関係がずっと続いている。
ライラはレヴィの答えに肩をすくめた。
「最初から教える予定だったものじゃ?」
「少し早めてあげたんです~」
オルタムリジンの血を引く彼らは何かしら特別な知識を有している。その知識はこの世界にはまだ早すぎるものばかりなので、時期を見て少しずつ提供しているのだ。この国だけが強くなりすぎれば何時か戦争という悲劇が起こってしまう、初代はそれを懸念して「知識の解放には慎重になれ」と子孫に語り継いでいた。それは正解だったと彼らも思っている。
「初代って頭いいのになんで【英語】できなかったんだろうね」
「本当にね。このトンチキなファミリーネームが謎すぎる」
「【オータム】はわかる。なんだよ【オリジン】って。せめて【フィールド】だよ」
意味のない言葉を連ねる。かつて彼らのいた土地にちなんだ名字ではあったが、この世界には存在しないので今更だ。
レヴィが伸びをしながら笑う。
「今の僕って“転生したらドアマットヒロインと結婚しました!?”てタイトルになりそう」
「それってどこらへんでエンディングなの?」
「子供に囲まれて~、幸せに暮らしましたって結びのやつ~」
ライラは「マリーと別れる気はないんだ」と思ったことは胸の内にしまうことにした。