課せるもの
マリーが来て数日経った。その日はレヴィと二人でボードゲームをしていた。いつもなら此処にライラが加わるのだけれど、今日は仕事があるとかで居ない。初めての二人きりにマリーは緊張していたが、レヴィはそれ以上に青褪めた顔でゲームに挑んでいた。人見知り、ここに極まる。
不安げなマリーの視線に、レヴィは覚悟を決めた。
「マリー、あの、大事な話があるんだけど」
「大事な話ですか?」
「領地に戻ったら、君には僕の手伝いをしてもらうけど、いい?」
「は、はい。わかりました」
おずおずと頷くマリーに、本当にこれで良かったのだろうかとレヴィは悩む。昨夜のライラとの会話を思い出していた。
「マリーちゃんには仕事を与えたほうがいいと思う」
ライラは本を読みながらそう答えた。二代目の弟が書いたとされる覚書は、オルタムリジンの者しか読めない言語で書かれている。マリーのような境遇の子と関わりある仕事をしていた男の本だ。
「えっ?仕事をさせるの?」
「彼女、今の状態にそうとう悩んでるみたい。何もしなくても世話されるから不安になってるんだね」
「ああ、なーんか覚えあるわ」
生まれながら持ってる気質を、環境によって育まれて人格が整う。マリーは「何もしなくてもいい」と致命的に相性が悪い少女だった。そうなる環境に身をおいていた。
「何もしなくていいと放置されたら不安になる。自分が無能だから捨てられてしまったのだと錯覚する。わかる?」
「こっちが善意で休めと言っても、マリーからすれば余計なことをするなと言われてると感じるわけだよね」
「かといって、好きなことをしろと言われても何もできない。それができるのは自信がある人だけだからだ。新しいことを始める勇気、自分になにができるか模索する行動力、そういうものは成功体験や褒められた経験に紐付けられている。マリーはそういう機会が無かったんだよ」
ライラは「【シンデレラ】も自分が美女だという自信はあったのだろうさ」と吐き捨てるように言った。その言葉はレヴィを深く納得させる。作法も習っていない上に、見目も飛び抜けて良いわけでもないレヴィは舞踏会などお断りだ。嘲笑われることが解りきっている。
「まずは簡単な仕事を手伝ってもらって、自分はお荷物だという不安を取り除いていくってことか。なんかもう【リハビリ】の領域だなあ」
「レヴィの【リハビリ】でもあるんだけどな」
「えっ」
そんなことを思い出しながら、レヴィは改めてマリーを見る。どんな表情をしているかと言えば、不安そうに顔を歪めながら安堵の息を漏らしていた。ライラの想定通り「自分は見捨てられたのでは」と思い詰めていたのだろう。同時に「ちゃんとやれるだろうか」とも思っている。
レヴィは「あの」と声をあげた。
「良かったら、どんな仕事するか、教えようか?」
「は、はい。お願いします」
カバンの中から紙束を取り出して広げる。大きな紙には謎の線が沢山書いてあり、ところどころに雑な走り書きがある。小さな紙束には様々な記号のようなものが書いてあった。
「僕の仕事は地図を作ることなんだ」
「地図ですか?」
「今の地図って凄く雑。だから山がどれくらいの高さだとか、川がどの辺りにあるとか、地図を見ただけじゃ解らないことも多い。凄く正確な地図ができたら役立つんだよ」
だからこそ、男爵家を虐めてもいいか聞いた時には「地図の作成を止めてもいいんだぞ」と王を脅したのだが。それだけ正確な地図には価値がある。防災、国防、あらゆる面で必要になるからだ。マリーは戸惑った様子でレヴィを見る。
「ライラ様はお医者様と聞いたのですが」
「う、うん。オルタムリジンはそう。自分が得意な分野で頑張る」
「そうなのですか」
変な家系だとレヴィも思う。だけど、彼らはそうならざるをえない理由があった。それがオルタムリジンという珍妙なファミリーネームの由来でもある…これはマリーに言っても仕方ないことだが。
辺境伯の血をひく者が“どんな知識を持って生まれるか”選べない。わかっているのは全員が“この世界にない知識を持っている”ことだけ。だから、自分が得意な分野でもって世界の針をほんの少し進める。
今回はレヴィが生まれた。測量などに詳しい子だった。だから地図を作ることにした、それだけの話だ。
「マリーの仕事は地図を作るお手伝い。領地に戻ったら、お願いね」
「わかりました」
不安を感じながらもマリーは頷く。その後、レヴィが仕事に行ってしまったあとに自力で地図について調べ始めた。お荷物だと思われるのは嫌だったから。
それでも初めて「お願い」と言われたら何だか嬉しくて、期待に応えなくてはと思ってしまうのだ。