表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/29

嘘つき

あの事件から十年、この国は安定している。隣国は色々とあったようだが彼等にはもう関係ない話だ。


机に向かっていた男はノックの音が聞こえて顔をあげる。扉を開けて入ってきたのは、ここ数年ですっかり仲良くなった戦友だ。


「お久しぶりです。アンゼリカ嬢はどうですか?」

「大丈夫だ。今は落ち着いているようだよ」


そう言って机に向かっていた男は笑う。かつて男爵と呼ばれていた男は、戦友を快く歓迎した。



男爵は処刑されるつもりでいた。ところが王は彼から地位を奪うと、辺境の地にある孤児院に配属させた。男爵から院長になった男は「このような優しい罰で平気なのか?」と思ったが、それはすぐ思い違いだったと知る。寄付が殆ど貰えない孤児院だったのだ。


家屋の修理もできない、食料を買う余裕もない。雨風吹き荒ぶボロボロの建物に飢えた子供達がいた。孤児達を助ける為、院長はあらゆる人に頭を下げた。それこそ平民にも惜しむことなく。


「また廃材で新しいオモチャを増やしたのですね」

「壁や屋根はもう補修する必要ないからね。小さなオモチャを作っているよ」

「充分ですよ」


近隣の村を訪ねて廃材を分けてもらい、慣れないながらも屋根や壁を補修した。血眼になって山菜をとり、荒れた畑を耕して種を蒔いた。次第に院長を認めた村人達が助けてくれたことで孤児院は立て直すことができた。


だが、第二の戦いが始まる。元気な子供達はそれだけで暴風なのだから。


「十歳以上の子達は大人しくしてくれるが、五歳以下の子達はなかなか難しい。室内で遊べるオモチャがなければ雨でも外に出る子がいる」

「人手不足ですか?」

「君のお陰でだいぶ解消されたがね」


孤児院を管理しているのは院長と、元からいたという初老の女性だけ。年長の子達が手伝ってくれるものの、幼い子供達の世話は戦いそのものだった。


てんてこ舞いになる彼等を助けたのが、何を隠そうこの戦友。戦争を引き起こした張本人と呼ばれた商人の男だ。


「あの賠償金がここに流れているとは思ってもなかったので気にしないでください」


商人もまた処刑を覚悟していた。だが、実際に科せられたのは賠償金のみ。王の監視下にこそ置かれるが、商売は普通に行うように命じられた。なんて生温い罰かと拍子抜けしたが、その金額はあまりに膨大だった。彼が得たお金の殆どは賠償金に消えている。それは各地の孤児院や病院に寄付されているのだ。


「我が国の王ながら、食えぬ人だ」


ここの孤児達はその血に秘密を持った子ばかりだと彼らは気付いている。何かあったときの切り札になるが、王の手元に置くにはリスクがある子達。だからこそ咎人が罪滅ぼしのため運営する孤児院、という隠れ蓑は丁度いい。いかようにも美談にできるからだ。


とはいえ、孤児達が切り札として活躍しない未来もある。むしろ院長と商人はその平穏を掴み取るために行動していた。これらも含めて王の目論見通りな気がして薄ら寒いが。


「そんな陛下にも誤算があると解った時は安心しましたけどね」

「誰も思うまいよ。嘘を見抜く聖女が、一番の嘘つきとは!」


聖女アオイは2つの大きな嘘をついていた。


1つめは“嘘を見抜く魔法”なんて持っていなかったこと。それどころか魔法をまだ作っていなかったのだ。その類まれなる観察眼で、嘘を見抜いているように見せかけていたのである。


そしてもう1つは、アオイは聖女ではなかったこと。


「アオイ様が男だったと知った時、俺も驚きましたよ」


アオイは自分が女として見られていることを知っていた。だからこそ淑女然とした態度を崩さず、女だと見えるように敢えて振る舞っていたのだ。人前で肌を晒すこともせず、見事に隠しきったのである。唯一、アンゼリカにだけはその正体を晒していた。


ずっと傍にいてくれた女性に心惹かれないわけがなく、必然的にアオイはアンゼリカと結ばれた。王は難色を示したけれど、まだ未発現の魔法があるというジョーカーをもったアオイは無敵だった。


「結果としてアンゼリカは本当に愛した人と一緒になれるようで良かった。私は結局なにもしていない、あの子は自力で幸せを掴んだのだな」

「生まれてくる子供に関しては少し不安ですけどね」


そんなアオイとアンゼリカの第一子が生まれる。オルタムリジンと同じ、魔法によって特別な性質を付与された子が。


「確か【アンチマジック】だったか。悪い魔法を消し去ることができる体質になるというが、その子達が活躍しない世界であることを祈っているよ」

「まったくです。そうなるよう俺たちも努力しなくては」


罪滅ぼしをする院長と商人は、もうアンゼリカと会うことはない。だけど手紙で互いの無事を知らせることができれば充分だった。歪な関係の彼等だったけれど、誤解が解けた今になってやっと対等になれたと思っている。



院長は遠く空を見上げる。もう一人の娘、マリーも幸せになっていることを祈りながら。

この人達はどうして処刑されなかったか、というと。

国民の殆どが戦争があったこともガセ情報だと思うぐらい、始まる前に終わっちゃったのでヘイトが特に溜まっていなかったんですね。それで処刑しても国民の関心は得られないので、いっそ賠償金などで済ませたほうが国益が出るという結論に達しました。濡れ手で粟というやつです。


男爵は洗脳のせいで経営能力ガバガバになってましたが、洗脳されていなかったら普通に仕事できます。商人は言わずともがな。そんなわけで、国の役に立っている間は普通に生きることを許されています。少しでも怪しい動きを見せたら即刻首を斬られるんですけどね。物理的に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] マリーを虐げていたアンゼリカが幸せになるというのはスッキリしませんね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ