繋ぐ
あの日から一ヶ月と少し。オルタムリジンは普段通りの日々を取り戻していた。ほぼ未遂で終わった戦争の後処理は全て王宮に丸投げし、彼らは一足先に休暇をもぎ取っていたのである。功労者なので。
「疲れた〜!温泉とか行きたーい!」
レヴィが大きく伸びをしながら、そんなことを喚く。近くで聞いていたライラは頷いた。
「いいんじゃない?マリーと二人で行ってきたら?」
「えっ?」
「新婚旅行、まだだったじゃん」
「えっ???」
夕方、マリーはレヴィと二人で温泉街を歩いていた。ここは彼らが新しく発見した火山、ではなくオルタムリジンの領内に元からある繁華街だ。
滅多なことでは他領の者が入れないオルタムリジン領には、所々に独特の施設がある。異世界が恋しくなった彼らが創り上げた街だ。この温泉街もその一つ。近場の火山からあらゆる技術を使って温泉を汲み上げたという、執念を感じる代物だ。
「なんだか不思議な場所です」
「異世界を模したものだからね。ラムネ飲む?」
マリーは見たこともないガラス瓶を受け取る。泡立つ液体を口にしてみたら、バチリと弾けて驚いてしまった。
「わっ、わっ」
「ごめん!炭酸飲むの初めてだったね!?」
一部の酒はこのように泡立つのだとマリーも知っていたが、普通のジュースを人為的に炭酸にできるとは知らなかった。こういった技術を当然のように扱っているのを見ると、やはり別次元の人達なのだと実感する。
「レヴィはやっぱり違うんですね。異世界の人だからなんでも知ってる」
「えっ、いや、僕も知らないことは沢山あるよ」
「そうなんですか?」
目を丸くするマリーに、レヴィは顔を赤くしながら顔を背ける。そしてボソボソと喋り始めた。
「あの、ね、今更ながら告白するんですが、実は、ちょっと見栄を張ってました。僕は今も昔も、誰かと付き合ったことなんか、なくて。だからこういうの、解んなくて」
ぱちぱちと瞬きながらマリーは言葉の意味を考える。わざわざ今も昔もと言った理由を悟って、マリーはだんだん恥ずかしくなってきた。
「そうだったんですね」
「条件さえ満たしてれば選ばれちゃうからさ!僕は三十歳で、あの国ではその年齢でも結婚してないとか普通だったし!?向こうの世界の僕が、その後どういう生活を送ってるとか知らないんだよね!でもそれってレヴィとは関係ない人生ってことじゃん!?」
マリーは慌てるレヴィの手をぎゅうと握る。面白いほど手汗が酷くてベタベタで、不快になる筈なのに嬉しくなってしまった。こんなに緊張するのは、マリーのことを強く意識しているからで。
レヴィは手を握り返しながら早口で何かを呟いていた。きっとそれはマリーに向けて言ったわけではない、ただの独り言だったのだけれど。
「いやさあ、物語に出てくる男達はなんでこういうの平気なんですかね。昔から色々あって女嫌いって設定のくせに初っ端からヒロインと良い雰囲気になれんの意味わかんねえ、完璧なエスコートできる奴は女慣れしてんだよ騙されんな。本当にもうこれ意識しないの無理でしょ手汗やっべえ穴に入りたい」
可哀想なくらい顔を赤くして、泣きそうなほど弱々しい足取りで、それでもマリーの手だけはちゃんと握りながら歩いている。こうも意識されてしまうとマリーも同じ気持ちになってしまい、店の立ち並ぶ通りだと言うのに全て素通りして歩いてしまう。
そうして歩いているうちに、二人は広場に出た。子供が走り回りそうな草原が広がっていたけれど、辺りが暗くなり始めているため誰もいない。ポツポツと置いてある侘しいベンチにどちらからともなく腰をかける。手はまだ握り合いながら。
「本当に私が初めてなんだぁ」
「んああ!ごめんなさい!」
世の中の女性は頼りがいがあって、積極性があって、勇ましい人を好むのかもしれない。だけれどマリーは情けなくて、後ろ向きなレヴィがたまらなく愛おしく思えた。この人を独占できるという喜びで満たされていた。
既にマリーは知っている。この陰湿でプライドが高くて捻くれ者の彼は、本当はとても優しくて思いやりがあることを。悪夢の日々に寄り添ってくれた彼をどうして嫌いになれようか。
「レヴィは見栄を張ったと言うけど、私は嬉しかったですよ」
ぎゅうと手を握り合う。相変わらず笑ってしまうほど手汗が酷かった。
「あの、キスして、いいですか」
そう辿々しく言われたら返事するのも恥ずかしくて、マリーは答えの代わりにレヴィに寄り添う。初めてした触れるだけのキスは胸が爆発してしまいそうなほど嬉しかった。それでも少し時間が経てば人というのは少し冷静になれるもので。
「レヴィ」
「はい」
「後で背中の痣、見せてくださいね」
「びゃっ!」