報復とは
各々が話し終えた後の広間に、王の声が響いた。
「罪人の処罰については後で改めて知らせることとする。しかし、処遇について決めかねている者が一人おる。ゆえにアンゼリカ嬢をどうするかはマリー嬢に託すとしよう」
名指しされた二人は王の前に出る。困惑するマリーの前で、アンゼリカは深々とカーテシーをする。それはかつての姉が、妹は己より目上だとはっきり態度で示す行為であった。
「私は戦争に関わってなんかいない、そのことで国に裁かれても納得できない。でも、マリーには沢山悪いことをした。だからマリーの言うことなら私は全て受け入れるわ」
マリーはゆっくりと口を開いた。
「思い上がりも甚だしいですね」
聖母のように穏やかな笑みを浮かべながら、マリーはハッキリと言った。この場にいる全ての人に聞こえるほどよく通った声で。
「お義姉様、はっきりと申し上げます。どうでもいいです。今更すぎて何かする気も起きません。そのような情熱を私は貴女に持っていないのです。
貴女がレヴィを誑かしたならば地獄の果てまで追いかけて張り倒すでしょう。でも、あの日々の報復をしろと言われても面倒だとしか思えないのです」
本来、腹立たしさは6秒ほどで収まるという。それを長年燻らせるというのは怒りという薪が多くなければできない。有り体に言えば、怨み続けるのは疲れるのだ。
マリーはあの日々を忘れた訳ではないし、今も思い出すと辛くなる。復讐は何も生まないと言うつもりもなく、やられたらやり返す気概もある。その2つが結びつかないだけ。
「私は忙しいのです。お仕事も生活も、恋も、毎日楽しくて充実しています。お義姉様のことを思い出す暇すら無いのです。あえて言うならば、私の知らないところで勝手にしてくださいとしか」
一番の復讐は忘れることという言葉がある。それは泣き寝入りしろという意味ではなく、決着がついた後も引きずって時間を浪費するなという意味だろう。マリーにとって今がまさにその時だ。
アンゼリカは愉快な気持ちになって、少し笑った。
「アンタ、陰湿になったわ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「でも、何もないって訳にもいかないんじゃない?」
マリーは王に向き直った。
「陛下、お尋ねしたいことがあります。聖女アオイ様はこちらの国で保護なさるのですか?」
「そのつもりだ」
「では、アンゼリカ嬢をアオイ様の従者にしてください。私があの日々を過ごしたのと同じ、七年ほど。その間はアオイ様に尽くすだけの存在とします。それが罰です」
これに驚いたのはアンゼリカだった。
「私にはご褒美でしかないけど、いいの?」
「お義姉様こそいいのですか?アオイ様に尽くすだけということは他に恋人など作る暇がありません。七年後には行き遅れと嘲笑われるのですよ?」
この二年ほど、転落していく人生を経験してアンゼリカには解ったことがある。口に出してバカにする人は、本当に口しか出さないのだ。
「その人達が私やアンタを助けたことが一度でもあった?」
「無いですね」
「アンタにとって彼がそうだったように、私にはアオイ様がそうなのよ」
「なるほど、ご褒美でしたね。だけど他に考えるのも面倒なので構わないです」
初めて姉妹らしい会話をしたな、二人はそんなことを考えた。
一仕事を終えたとばかりにマリーがレヴィの隣に戻ってきたので、レヴィは小声でぽそりと話しかけた。
「本当にいいの?」
「はい。ほぼタダ働きなら罰になりますから」
「そっちじゃなくて、まあいいや」
これからアンゼリカは賃金もほぼ貰えないままアオイに尽す事になるだろう。華美なドレスはなく、豪奢な食事もなく、平民のように質素な暮らしを強いられる。それでもいいと彼女は受け入れたのだった。