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レヴィは男爵をじっと見る。


「魔法が解けたなら、君の口から聞きたいんだけど」


その場に居る者達が息を呑んで男爵を見る。彼はぐっと唇を噛んだ後、弱々しい声で語りだした。


「好きだから、なんだというのだ。彼ほど素晴らしい男は居なかったというのに」


レヴィはこてりと首を傾けて、じいと男爵を観察する。


「最初にハンナ嬢と結婚したのはお金のためかと思ったけど、そうじゃなかったのか。君は伯爵も尊敬していた。だから二度と伯爵に接触できないようハンナ嬢を封じておきたかった」

「噂で聞いておりましたが、オルタムリジンの方々には敵いませんな」


男爵は自嘲の笑みを浮かべる。懐かしむように目を閉じれば、瞼の裏に蘇るあの日々。


彼女を愛していた。彼を尊敬していた。二人が結婚することを心から祝福していた。その間に入るつもりは毛頭なく。欲を言うならば、友人として互いの子供を紹介する未来が欲しかった。


「いつか彼は目を覚ますと、その時には再び彼女と幸せになるのだと、その日までに悪魔を遠くに追いやりたかった。国際法に違反するとは知りませんでしたが」


その願いも虚しく、狂った伯爵はそのまま暴れ続けて衰弱死してしまった。残されたのは酷く殴られて痣が残り、嫁の貰い手もなくなった彼女だけ。


「生まれたばかりの息子を取り上げられて、実家に居場所もない。彼女を少しでもあの場所から遠ざけたかった!」


実家は二人の帰還を歓迎していなかった。それどころか魔法にかかっている可能性を恐れ、彼女から息子を奪って商人に渡したという。


夫を失い、美貌を失い、息子を失い、両親から裏切られ、絶望していた彼女を連れ出すことに男爵は必死だった。


「今のマリーを見れば、レヴィ殿がどれだけ大事にしてくださったか解ります。私は彼女にそこまで尽くせた自信はありません。だが、マリーを授かり幸せだと言ってくれたことは疑いたくない」


レヴィが口を開く。


「マリーと話をしていて、君は再婚してから豹変したという印象をうけた。最初はそんなものかなと思ってたけど、君達のことを調べる内に奇妙だと思ったよ。

マリーをちゃんと大事にしていたんだ。でも、友達の奥さんをとってしまった罪悪感が大きかったんでしょ?」


小さく頷く男爵を見て、マリーはもう忘れてしまった記憶を思い出す。まだちゃんとした部屋を与えられていた頃、父を慕っていた自分のことを。


男爵は続ける。


「彼女が亡くなるより前、私は悪魔が子供を授かっていることを知りました。あの一夜で、たった一回で、私はとんでもない過ちを犯してしまった」


それから数年後、彼女が病でこの世を去った日に男爵は決意する。


「この悪魔はどうなってもいい。死んだって構わん。だが、アンゼリカは違う。悪魔の腹から生まれた子であろうともアンゼリカに罪はない。アンゼリカは親を選べなかっただけなのに、不幸になる理由など無いではないか!」


ハンナにプロポーズして、アンゼリカを引き取った。全てはアンゼリカを幸せにするために。男爵にとってアンゼリカとマリーだけが守るべき子供達だった。


「それで連れてきたハンナ嬢は魔法を使い、君達を洗脳してマリーを虐待するように仕向けた。君はそうなると予測してなかったの?」

「私の見込みが甘すぎました。悪魔をどこかの家に押し込めて、男を与えれば満足すると思っていたのですが」


男爵の話が始まってから黙っていたライデンが、何かの紙を広げる。


「男爵の書斎を調べた際に面白い書類を複数見つけました。要約するならば、家と男娼の手配です。どちらも未受理で止まっていますが」

「本来ならハンナ嬢は働くことなく男に世話してもらう、夢のような生活が約束されていたということ?」

「本人は解っていなかったようだがね」


契約書を読まず、説明を理解せず、自分の見たいものだけを見ていたハンナ。その理想を脅かす全てが許せなくて、魔法を使った。男爵もまさか彼女がなにも聞いていなかったとは思っていなかっただろう。


そしてマリーは地獄に落とされた。男爵はマリーへの愛情全てを塗りつぶすような、憎悪にも似た感情を植え付けられてきた。


「それでもアンゼリカ嬢の幸せだけは覚えていたんだね」

「待ってよ!私は売られそうになったんだけど!?」

「ああ、それ」


レヴィは面倒臭そうな顔をしてから説明を始める。


「ライデン叔父貴は悪役のフリをしながら慈善活動をする、奇特な趣味の持ち主でね。具体的に言うと、お金に困ってる女性を買うフリをして職を斡旋したりする。一部では有名な話だ」

「えっ?」

「男爵はあの家から君だけでも逃したかったんだよ」


人は自分の視点からでしか物を見れない、相手の気持ちが全て解る日はこない。アンゼリカはそれを思い知らされた。父の都合など知らずに恨んでいた。


互いにそれを謝罪することもできない。


男爵は地に額を擦り付ける。


「此度の騒動、そしてマリーとアンゼリカを傷つけたこと、全ては私の不徳の致すところ。今更謝りはしません。許されざることをしました。どのような罰でも受けましょう。それでも一つだけ願いを叶えてくださるなら、この悪魔をどうか葬っていただきたい!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 男爵が切ない…
[一言] いやんな予感。 こういう場での処罰の懇願って生存フラグじゃ…。 洗脳魔法を使うような悪魔はしっかりKillして欲しいですわ。
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