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恩返し

マリーの号令と共に、兵士達が屋敷に押し入った。そこに居た者たちは誰もが捕まえられていく。メイド、執事、シェフ、庭師、そして当然ながら男爵夫妻も。彼等は一様に困惑していた。


「いったい何事だ!?」


暴れて藻掻く父の姿を見ても、マリーは罪悪感など欠片も浮かばない。どうしてあんなに尽くしていたのだろうと不思議にさえ思う。義母に至っては嫌悪しかない。


「お久しぶりです」

「誰だ!?」


なんて薄情な男だろう、あんなに長年一緒にいたのに。そう思ったけれどマリーは頭を振った。追い出されたあの日と今では姿が違うのだから。


脂でギトギトになった髪は切り落とし、新しく伸びた髪が背中を覆っている。あんなに酷かった体臭はなく、今は石鹸の清潔な香りしかしない。痩せこけていた体にも肉がついて女性らしい体つきになった。今と昔では姿がまるで違うだろう、マリー本人でさえも自分だと認識できないぐらいに。


様変わりしたマリーを、それでもアンゼリカが見分けた特徴的な“痣”を見せる。男爵夫妻はそれを見て口をぱかりと開けた。


「悪魔の印?まさかマリー!?」

「なんですって!?」


腕にある赤紫色の痣は彼女に生まれつきあるものだ。その痣を悪魔の印と彼等は呼び、忌み嫌っている。この痣はマリーにとってコンプレックスそのものだった。この痣があるから、自分は悪魔に選ばれた子だから、このような扱いを受けているのだとずっと信じてきた。


それを初日で否定したのが医者であるライラだ。


『これは蒙古斑ですね。問題ないので安心してください』

『ええと?』

『赤ちゃんは青い痣を持って生まれることが多いんです。それを蒙古斑と呼びます。病気ではなく、生理現象の一つだと思ってください。殆どの蒙古斑は大人になる前に消失しますが、稀に痣が濃すぎて消えない人がいるんですよ』


悪魔の印じゃないと断言された時、マリーは困惑した。本当にそうなのだろうか?稀に痣の消えない者こそが悪魔の子なのではないか?そう思う彼女の耳元でライラが囁いた。


『実はレヴィの背中にもあります』


本人に聞いたら「ある」と答えたので確認したいのだが、未だにマリーはその痣を拝めたことがない。これは余談であるが。


解明されてしまえば怖いものなどない。マリーは震える手でぎゅうとドレスを握りながらも胸を張った。


「未だそのような迷信を信じているとは呆れました。この痣が異常のないものだと随分前に解明されているにも関わらず!」


いつも彼等の前では掠れるような声でボソボソと喋ることしかできなかったマリーだが、今はもう普通に声を出すことができる。初めて聞いた凛とした声に、男爵夫妻は圧倒された。だが、それで引き下がるような者たちでもない。


「親にこのような真似をしておいて悪魔以外のなんだというのだ!」

「そうよ!育てた恩を忘れて仇で返しておいて!」


怒鳴られるとあの時の記憶が呼び起こされそうになる。怖くて屈してしまいそうになる。マリーはそんな自分の隣にレヴィがいてくれる想像をした。彼ならばどうやって言い返すだろう、そう思ったのならばもう止まらない。


「あれは育てた恩なのですね!知りませんでしたわ!確かに恩はちゃんと返さなきゃいけませんよねえ!?同じことをそのまま返してあげますわ!

水浸しのモップが入った掃除用具入れで寝てもらい!日が昇る前に起きてもらって井戸の水を汲んでもらい!食事は野菜の皮とパンの欠片、庭に生えている雑草で!家中の窓を、雨の日も雪の日も外から拭いてもらい!湯浴みも水浴びも許さず!服の一着もよこさない!一言でも無駄口を叩いたら鞭で叩く!それを七年だったかしら!?

それが貴方達の言う“育てた恩”なのでしょう!?」


青褪める二人を見て、頭の中のレヴィが『ほら見ろ』と罵った気がした。全くもってその通りだ。マリーは自分が正しいという自信を持つ。


男爵はそれでも足掻くことを止めなかった。


「だとしても、どうして拘束されねばならん!?」


待っていましたと言わんばかりに、一人の兵士が出てきて紙を広げる。朗々とした声でその内容を読み上げた。


「陛下の命である!貴殿は大罪を犯した、速やかに爵位を返上せよ!」

「いったい何のことだ!」


男爵はうろたえるのではなく、勝ち誇ったように笑った。この後に何を言われるのか解っているかのような笑みだった。兵士は更に続きを読み上げる。


「ハンナ嬢との婚姻が不正であることが確認された!」


ぽかんと男爵は口を開ける。そして隣にいる妻、ハンナを見た。


彼女はただガタガタと震えることしかできなかった。

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