ワンサイドゲーム
ついに隣国から宣戦布告されたという。
難癖をつけるため用意したものの全てを潰され、困り果てた末に「演習中の騎士団を攻撃された、明確な敵対行動である」という杜撰な言いがかりをつけてきた。演習中の騎士団も、それを攻撃したという兵士達も、全て隣国が用意した自作自演の煮凝りである。この話を聞いたときには呆れてしまって何も言うことができなかったとは手紙に記載された王の愚痴だ。
「驚くほど頭が悪いな」
「こんなに強引な手を使ってくるなんて」
オルタムリジンとして戦争はしたくはなかった。どう足掻いたって被害は大なり小なり出てしまうから。それでも攻め入られて黙って見ているほどお人好しでもない。むしろ、やられたら返すのが彼等の礼儀だ。
「僕達が【ワンサイドゲーム】がなにか教えてやるよ」
川や山がそのまま国境として定められることは多い。この国も例にもれず、険しい山脈をそのまま国境としている。そのため隣国が進軍しようとすれば当然ながら山を越えなければならない。
戦争と言うと開けた場所で大軍同士がぶつかりあうのをイメージするだろう。だが、その大軍が移動する道が必ずしも広いわけではない。むしろ山を越えるならば狭い道であるほうが遥かに多いだろう。
では、その道が塞がれてしまったならば。
「立ち往生っすわな」
道中にあったのは扇状地だ。意図的に土砂を溜め込んでおいたダムを爆破すれば、後は滑り台の如く。あっという間に土砂は山道を下敷きにしてしまった。
レヴィは双眼鏡を覗き込み、狼狽える敵軍を見てニヤニヤと笑う。これから進軍だと意気込んでた矢先に道が潰されてしまって右往左往する彼等の姿はとても愉快だった。山道の只中なのに後にも先にも進めなくなっている。
「それじゃあ教えてさしあげますか。これが火薬だ」
敵軍の中に放り込まれる【爆竹】は彼等に大混乱をもたらした。特に馬の驚きようは凄まじく、騎士を振り落として走り去っていく。急な斜面を駆け下りる馬に追いつく手段などあるはずもない。兵士達も【爆竹】に驚いて動けないというのに。
そんな彼等を奇襲する作戦は上手くハマった。道とは言い難い山の斜面を滑り、敵を大きな盾で殴っていく。何百人と兵士を集めたとしても一列に並べてしまえば一塊など精々が十人程度、混乱する彼等を叩きのめすには少人数で十分であった。
「君達の国には火薬こそあるけれど量産はできないでしょ。【かやくご飯】大盛りにしてあげるから、おかわりしてってね」
温泉を見つけたために硫黄の量は十分、痩せた土地にまく肥料を作るついでに硝石もとった。あとは作り方さえ知っていれば黒色火薬は大量にできてしまう。使い方次第では大きな被害を出してしまうため、オルタムリジンが出し惜しみしている知識の一つ。
壊滅状態に追い込まれる彼等を見ながら、レヴィは空を見上げる。
「さて、僕も王城に向かいますかっと」
別所で頑張っている妻に思いを馳せ、レヴィは深く溜息をついたのだった。
マリーは息を深く吸い込む。あの家に嫁いでからずっとレヴィの傍にいたも同然なので、彼から離れて行動するのは久しぶりだった。それでも今回はレヴィが戦場で指揮を執っている以上、マリーは一人でここに来なければならなかった。のんびりしていたら彼等に逃げられてしまう可能性があるから、待ってもいられない。頼れる夫がいないけれどマリーはしっかりと二本の足で立つ。
「見えないところに私もいるから」
「ありがとう、ライラ」
訂正。頼れる義妹という支えはある。
この国が誇る屈強な兵士たちに囲まれながら、マリーはその敷地に一歩踏み入れる。二度と帰ってくることはないと散々言われたのに。
気合を入れ、号令を出した。
「この屋敷にいる者は一人残らず捕まえなさい!正統な後継者である私が許可を出します!」