由来
対話を試みる王が可哀想になるくらい、相手は開戦に乗り気である。そうなるだろうとレヴィは思っていたが、未だ穏便に解決しようとする王のことを思うと同情してしまう。
「負け戦をしたいと言ってるのだから、付き合うしかないでしょ。オルタムリジンに積み上げられた知識はこの時代より遥かに先にいってるしね」
「前から疑問だったのですが、どうしてオルタムリジンは戦争に反対なのに資料が多くあるのですか?」
マリーの純粋な疑問にレヴィは難しい顔をする。これがオルタムリジンの直系ならば簡単なのだが、何も知らない者にはどう説明すればいいか解らない。レヴィは「解らないことがあったら、その都度に聞いてもらっていいんだけど」と前置きしてから語り始めた。
「驚くほど長く続くオルタムリジンには凄く生まれやすい性質の子がいて、戦争に詳しいことが稀によくあるんだよね」
「稀によくある」
訝しげなマリーの表情に、レヴィは申し訳無さそうに頭を下げた。本当に稀によくあるという表現が当てはまるのだから。
「僕達のファミリーネームは【Autumn】【Leaf】【Origin】って言葉の略称なんだけど、これって地名でさ」
子孫たちは由来を聞くと「源の原じゃなくて、原っぱの原じゃない?」と首をひねるという。この疑問を持てない人間が生まれたことで妻の裏切りが発覚したケースがあったらしいが、今回は関係ない余談である。
「異世界の地名ですか?」
「そう。ある特徴を持った人が集まりやすい街」
歴代のオルタムリジンは全員がその特徴を持っていた。特別な性質ではない、特殊な能力でもない。むしろ元の世界では忌避されることもある。明確な線引きはないが、彼らはいつの間にか己がそう成っていることを自覚する。【オタク】というものに。
「レヴィやライラのような凄い人達が集まる街なのですね?」
「え、ごめん、全然違う。少し変な奴らの集まりだよ。僕達も凄くはないし」
「初代様の魔法に関係しているのかと」
「それはそうだけど、高尚な理由で選ばれたわけじゃないよ。あえて言うなら教えなくても暗号を解読できたから、的な?」
初代が【オタク】を選んだ理由は簡単だ。「異世界転生がなにか知っている者が多いため、説明する手間が省ける」から。初代が重要視したのはこの一点のみ。他者の知識を持って生まれた幼子が、その情報の多さにパニックを起こすことを懸念したため。
マリーに言っても理解できる内容ではないので、レヴィはそこまでは説明しなかったが。
「物語が好きな人が集まりやすい街なんだよね。物語の中には戦争を扱ったものも多いから」
「それで戦争に詳しい人が生まれやすいのですね」
「でも、彼らだって戦争をしたいわけじゃないんだ。被害のことを考えたら戦争をやりたいなんて思えないよ」
焼け落ちた家、離れ離れになった家族、飢えた子供、望まぬ妊娠をさせられた女、心も体も壊した兵士。彼らは戦争が残した爪痕が何かを知っている。だからこそ資料を残すのだ。けして忘れるな、どんな被害があったのかを。
「この戦争を起こした誰かを、きっと許せないと思う。切羽詰まった理由があるとも思えないし、首謀者には責任を取らせるだろうさ」
レヴィはマリーをじいと見た。
「その覚悟はある?」
マリーは深く頷く。やっと手に入れることができた平穏を壊す誰かを、マリーも許せるわけがなかったから。