思惑
あれから数ヶ月。レヴィは仕事の傍ら、隣国の動きについて探っていた。最近はあの男爵領に様々な商人を出入りさせているという。
(兵を潜り込ませて、兵站を整えてる最中かな。地形的にこう攻め込むつもりか)
実際に兵を動かすのは王、ひいては父たるシデンの仕事だ。レヴィの仕事は地形を見て、シミュレートを繰り返すだけである。様々な可能性を潰す。
(一番怖いのは空から来ることだけど、この世界にそれを可能とする技術はない。異世界人が【知識チート】だとしても【飛行機】の開発は無理だろうし、あって【気球】だよね)
つらつらと考えながらも、実のところレヴィは異世界人が兵器を提供する可能性は排除していた。数ヶ月に渡って隣国を探ったことで確信に変わっている。
(異世界人こと聖女様は暴力反対派っぽいんだよねえ。だからこそ教会に隔離されている)
本来、異世界人はその特異さから国をあげて保護するのが普通である。王と教会が協力しあってその身を守るのだ。それなのに隣国は異世界人を教会に閉じ込め、王族をはじめとする貴族たちはこぞって戦争の準備を進めているのである。
それも奇妙な話だ、というのがレヴィの感想だ。異世界人は知識の宝庫である可能性が高いのに、誰もそのことに関心を示さない。むしろオルタムリジンから奪うことに固執しているとさえ思う。
「なーんか引っかかるんだよねえ。まるで熱に浮かされてるみたいっていうか」
「心配事、ですか?」
マリーが不安げな顔をしているので、レヴィは安心させるように笑って応える。内心では舌打ちばかりしているのはマリーには知られたくなかった。
「気になることはあるよ。それに対処するために計画を練ってるしさ」
マリーはぎゅうと服を握りしめて、小さな声ながら聞いてきた。
「手伝えることはないでしょうか?」
レヴィは「何もない」と言いかけた口をつぐむ。こういう時、蚊帳の外にいるほうが辛いものだと経験上知っていた。たとえ些細なことでも関われたほうが安心感を得られるのだと。
「相談に乗ってくれる?」
「わ、私でいいのなら」
「マリーじゃないとダメなんだ。僕の仕事を手伝ってくれたマリー以外には務まらない」
これはレヴィの正直な気持ちだった。誰よりも身近に、レヴィの仕事を手伝い続けたマリーだからこそ任せられる仕事がある。経験というのは数多くある知識よりも価値があるのだ。
その事実はレヴィが思うよりもマリーの心を満たす。ずっと蔑まれて自尊心を失ったマリーにとって、尊敬する人に頼られることは至上の喜びのようだった。愛されて守られるよりも、大事にされて知らされないよりも、パートナーとして隣に並び立てたのだと思えたから。
「私、私にできること、なんでもします!」
「いやっ、あの、嫌なことは言っていいからね!?」
「嫌じゃありません!」
依存症になりそうな危なっかしい妻を抱き締め、レヴィは溜息をつく。マリーは腕の中でびくりと震えていた。
「あのね、誰かのためって思ってやってても、嫌なことは心がちゃんと嫌だなって思ってるんだよ。それは負債になるんだ。好きな人が気が付かないうちに嫌なヤツになってるんだよ」
「それは」
言い返すことができずにマリーは俯く。あの屋敷での酷い仕打ちを、最初の頃は父のためだと言い訳して頑張っていたことがあったからだ。父のためと信じ、大した抵抗もせずに従っていた。数年後には父への愛情も消え失せるとは知らずに。
レヴィは「だから」と言葉を続けた。
「嫌とかダメとか、ちゃんと言い合おう」
「わかりました」
マリーを強く抱き締めて、レヴィは笑う。
「なんかこうしてたら仕事するの嫌になっちゃった。もう今日はよくない?」
「それはダメです」
早速の有言実行である。