魔法
「厳密に言えば、オルタムリジンは異世界人ではないんだよね」
どういうことだろうとマリーには不思議でたまらなかった。レヴィやライラが特別な知識を持っており、それが異世界由来のものだとは既に聞かされている。なのに、異世界人ではないという。
「異世界の知識はあるけれど、この世界で生まれたからですか?」
「そうだね。僕達は初代の魔法で生まれた存在だから」
「魔法…」
ライラも言っていたことだ。異世界人は本来“魔法”が使えるのだという。物語に出てくる魔法使いは、自在に炎や水を操ったり、人の心を動かしたり、そんな素晴らしくも恐ろしい力を持っている。レヴィの先祖もそうなのだろうかとマリーは考えたが、すぐ「それはない」と己の考えを否定した。
レヴィは「どこから説明しよう」と呟きながら、少しずつ話しだした。
「異世界人がこちらに来る理由、解ってないんだよね。あくまで初代の推測だけど、世界に刺激を与えるためだと思われる」
「平凡な暮らしに飽きてスリルを求めたため?」
「ンフフ!ごめ、違う、今のは僕の説明が悪かった!あんまり面白いこと言わないで!なにを説明したいか忘れちゃう!」
どうやら違うらしい。神のような存在は気まぐれで異世界人を連れてくる訳ではないようだ。
「成長を促すための刺激、植物にとっての光や水だよ」
「いつまでも幼木のまま育たない木に、肥料を与えたということですか?」
「そういうことだね」
この世界はレヴィ達から見て遅れすぎている。成長速度があまりに緩やかで、止まっていると錯覚するほどに。どの分野でも変化がまるでないのだ。
レヴィ達の知る世界ではファッションのトレンドなど一年足らずで変わってしまうが、この世界は百年経ってやっと次のファッションが生まれると言えばわかるだろうか。
初代はそんな世界を見て、停滞した文明を発展させるために異世界人を連れてくるのではないかと考えたのだ。
「でも、異世界人にとって良い環境に転移するとは限らないんだって。そのための救済措置として“魔法を作る力”を一回だけ与えられている」
土地や時代が変われば、必要とされる魔法は変わる。野生動物が多くいるならば身を守るための魔法を、極寒の地ならば体の暖かくなる魔法を。本当に必要なものは現場にいる本人に作らせればいい。
このことに関しては、初代が己の経験を手記に残している。
“どんな魔法が使いたいか希えば、それに沿った力を与えてくれるという。要らないものを押し付けられるよりは金券のが嬉しいというわけだ”
誕生日プレゼント扱いである。
「もし隣国に異世界人がいたとしても、魔法を既に作ってるか、どんな内容なのか、そこまでは解らないかな。でも魔法を一つだけ持てるのは確かだよ」
「レヴィはどのような魔法で生まれたのですか?」
マリーの疑問にレヴィは難しい顔をする。後頭部をガリガリと掻きながら説明を始めた。
「簡単に言うね。それは“ある条件を満たした異世界人の知識を、オルタムリジンの子に転写する”だよ」
「転写?」
あまり聞き慣れない言葉にポカンとするマリーに、レヴィは続きを口にする。
「ライラは何処かの医者の知識を持って生まれた。けれど元となった医者は死んでないし、転移もしていない。今も元気に仕事してるかも」
「ライラと医者は完全に別人、ということですか?」
「そういうことなの。あくまで知識を貰っただけだから思い出はない。どこかに出かけたとか、デートしたとか、喧嘩したとか」
転写されるのは知識のみ。オルタムリジンの血を引く者達は受け皿に選ばれただけの、この世界の住人。
もとの世界への未練もなく。郷愁もなく。残してきた家族も友人も存在しない。彼らの人生はあくまで彼らのもの。
「そういうわけだから、僕にとって、マリーは本当に最初の子なんだよ」
恥ずかしそうに笑うレヴィの手をとって、ぎゅうと握る。そんなものマリーも一緒だ。
「私だって、レヴィが、初めてです」
「うん」
まだまだ先の話になるだろうけれど、もし自分がレヴィの子を産むとしたらとマリーは想像する。
素敵な知識を持っているといい。世界を少しだけ豊かにしてくれるといい。
戦争で命を落とすようなこと、絶対にあってはならないのだ。
異世界転生(?)と書いたのは、別に転生はしてないからですね。