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その本は

部屋の中央にマリーがいる。その場にいる辺境伯夫妻、そしてライラが彼女をじいと見ていた。俯く彼女の前に立ったレヴィがゆっくりと口を開く。


「マリーが義姉に送った本の題名がわかったよ」


ごくりと唾を飲み込む音がする。


「“異世界転生した俺が魔法を極めまくった結果、美少女ばかりのハーレムを築いちゃった件”だった」


割れんばかりの笑い声が響き、屋敷が少し揺れた。マリーも耐えきれずに口を開けて笑いだす。この場で笑っていない者など誰も居なかった。レヴィもニヤニヤしながら話しだす。


「いやさー!もうさー!?王都でデートしてる間もずーっと笑いこらえてるんだもん!肩ぷるっぷる!なんの本を送るつもりかずっと聞きたかったよね!?」

「本を選ぶ棚は決めていました。私が読んではいけなくて、隠されているものだったので」


マリーは義姉であるアンゼリカの要望には応えている。“異世界転生した俺が魔法を極めまくった結果、美少女ばかりのハーレムを築いちゃった件”は、確かにマリーが読んではいけなくて、隠されている本だった。


いかがわしいので。


「どんな本なのかレヴィは読んだの?」

「いちおう読んだよ。アレから学べるものは無いって断言できる。もし同じタイトルで他の話を書いている人がいたら絶対にもっと面白い」

「駄作じゃん?」


全員が笑い疲れたところで手を叩く音が響く。そちらを見やればシデンの妻、すなわちレヴィとライラの母がいた。嫁いできて長いが、真面目な話をする時はたとえプライベートであろうとも毅然とした態度でいる女性である。


「これで相手の狙いがこの家だとハッキリしたのではないですか?」


その言葉に全員が深い溜息をついた。そもそも王都に呼ばれたのも同じ理由だったからだ。


「いや、オルタムリジンだけじゃないかな」

「相手は戦争をしかけるつもりだってハッキリしたんだ?」


マリーの義姉であるアンゼリカ、彼女に婚約を申し込んだ商人が怪しい気はしていた。調べていくうちに商人は隣国からの密偵ではないかと疑惑が浮び上がったのである。


この国は他国より裕福だ。それゆえ妬まれていることには気付いている。なるべく友好的な関係を築こうと王族が頑張っていても、手を取り合うより奪ったほうがいいと考える者は出てきてしまう。それが今というだけのことだ。


「俺はあの杜撰な計画に乗ってきたっていうほうが不気味だと感じたね。要求が本一冊っていう時点でアンゼリカって子には期待してないんだろ」

「護衛もなしにマリーがふらふら歩いてる時点で変だと思わないアンゼリカちゃん、頭は大丈夫?」


ライラの言葉にマリーは苦笑いをするしかなかった。半分だけとはいえ同じ血が流れているとは思いたくない。


あの時、マリーは一人ではなかった。出店や屋台の店員たち全員が王の息がかかった護衛だったし、一般客に扮装した兵士も沢山いた。アンゼリカが近づきやすいようマリー一人に見せかけていたが、相手の出方によっては彼等が動く予定だった。実際にはアンゼリカが少し脅しをかけてきただけ。


マリーはそのことを思い出してまた笑ってしまった。


「どうしたの?」

「あのときに言われたことを思い出しまして。レヴィを誘惑するって言うから面白くて」

「えっ」

「レヴィの顔も知らないのに、どうやって誘惑するのだろうと」


再び割れんばかりの笑い声が響いた。


「もう!もう!マリー!今は真面目な話をしてるの!」

「でも、どうやってレヴィと会うつもりだったのかアタシは気になるな。理由があったんじゃない?」


少し考えて、レヴィが口を開いた。


「隣国に異世界人が来たのかも」

「レヴィ達と同じ…?」

「違う違う。アタシ達とは別の“魔法が使える”子だよ」


その言葉にマリーはこてんと首を傾げる。何故レヴィ達は魔法が使えないのだろうと疑問に思っていると、レヴィが「ややこしくなるから後で説明するね」と困ったように笑っていた。


「異世界人を紹介するという名目で僕達を引っ張り出そうとしたのかも。初代が純粋な異世界人だったのは特に隠しているわけじゃないし。異世界人について詳しい家に世話をお願いしたいと言いだす可能性ってあるよね」

「あとは預けた異世界人が傷つけられたとか言えば、戦争の大義名分にもなるってワケね」

「そういうプランもある、くらいの話だろうけど」


大義名分を得てオルタムリジン及び、この国に攻め込みたいというのはマリーも解った。けれどオルタムリジンを勝ち取ったところで得るものはない。此処にある本は全て彼らにしか読めない言語で書かれているからだ。彼らの協力がなければ、ただの紙束である。


「この家の本を読めるのはオルタムリジンの方だけですよね?更に言うならば直系だけで、レヴィの叔父は読めるけれど、従兄弟達は読めないと言っていたような?」

「それこそ異世界人に読ませればいいんじゃない?」

「だから送る本も一冊だけで良かったんですね。本当に読めるかテストするために」


マリーの言葉にレヴィがギョッとした顔をする。冷や汗をかいて俯く姿に、ライラは眉をぴくりと動かした。早く言えとばかりに鋭い目線を向ける。


「異世界人がどんな人かによっては申し訳ないかもなって」

「ああ、うん」


オルタムリジンの血を引く三人は遠い目をする。居るかもわからない異世界人に深く同情した。きっと今頃あの本の翻訳をさせられているのだ。そう“異世界転生した俺が魔法を極めまくった結果、美少女ばかりのハーレムを築いちゃった件”を。


再び手を叩く音がして彼らは現実に引き戻される。


「戦争を起こす大義名分は他にはないのですか?」


妻の言葉にシデンは首を横にふった。


「大義名分なんて幾らでも捏造できるから考えるだけ無駄だ。むしろ大事なのは、本当に攻めるつもりがあるのか、どこから攻めるか、どうやって攻めるかだ」


レヴィが「はっ」と鼻で笑った。


「そっちが仕掛けるつもりなら応戦してやろうじゃん。マリーの腕を掴んだ分、倍にして返してやるよ」


レヴィという男はけして善良ではない。陰湿でプライドが高く捻くれているのだ。

“異世界転生した俺が魔法を極めまくった結果、美少女ばかりのハーレムを築いちゃった件”

四代目あたりには既にあったという本。もし同名の話がオルタムリジン以外にあっても一切関係ない。きっともっと面白い話だ。

主人公がなんでも魔法の一言で全てを解決してくれて、助けた美少女にいかがわしい行為をする。特に暴漢から助けたら次のページには美少女が「お礼に」といって自ら主人公にいかがわしい行為をするシーンが趣深い。

本の後半はハーレムを築いた後なので、もはや魔法関係ない。しかも情景描写が一切ないので何が起こっているのか全くわからない。読むのが苦痛になるため、奇書として本棚の奥にしまわれている。このたび掘り起こされた。やったね。

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― 新着の感想 ―
[一言] うん、知ってたー…って言いたかったけど、思ったよりヒドイ本渡してターーー( ꒪⌓꒪) しかも内容、漫画だったら(絵が良ければ)許されるけど小説だとヒデェ有様のやつっすね!?ノクターン?ノク…
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