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異世界バックヤード  作者: ポン酢
第一章
7/15

物語と主人公

今日は定休日で、私は朝ご飯に焼いたパンケーキの後片付けをしていた。

マーメイと私の分の皿なんかを洗う。


ちなみにユーゴさんは休みだからしばらく起きてこない。

いつもの事だ。

パンケーキは一応ラップをかけて置いてある。

マーメイは用意しなくて良いと言ったけれど、食べなければ私がおやつにするつもりでとっておいた。


『レンゲ~、ちょっと来て~。』


室内スピーカーを通じてマーメイが呼んでいる。

点灯しているランプを見ると、何故か店の受付だ。

何だろうと思った私は、泡を水で流し、手を拭きながら受付に向かった。


「どうしたの?マーメイ?今日はこれから出かけるんじゃなかったの??」


「そうなんだけどね?ちょっとこっちに来てくれる??」


そう言われ、私は受付の機械の方に行く。

今日は定休日だから節電スリープモードになっている。

それをマーメイがスタンバイさせる。


「何?急ぎの仕事??」


「ん~、仕事っていうかね~。」


マーメイはモニターで機材が目覚めているのを確認すると、ニヤッと笑った。


「えいっ!!」


「え?!」


そして不意打ちの様に私に機械を向けた。

それは生体認証システムだった。


「え?!ちょっと待って?!」


生体認証システムは、いわば本人確認システムの様なものだ。

これで確認できれば特に何もしなくてもクレジットとかも処理できる、便利といえば便利で怖いといえば怖いシステムだ。


この世界の人は皆、生まれたら生体認証を受ける。

つまり、この世界に存在している人間は全員、もれなく生体認証で管理されているのだ。

もちろん私はこの世界の人間ではないから、生体認証を持っていない。

だからマーメイが何でそんな事をしたのかわからなかったのだ。


「やった!!レンゲ!!生体認証できたよ!!」


「えええぇぇぇぇっ?!何で?!」


当然エラーになると思ったそれは、何故かすんなり私を生体認証する。

何が起きたのか全くわからない。

私は食い入るようにモニター画面にかじりついた。


「ユーゴ!成功!!多分これなら、普通に生活する分には問題ないわよ!!」


インカム越しにどうやらユーゴさんと話している。

と言うかユーゴさん、いつ起きたんだろ??

いつもの休みなら、後3時間は気配すら感じないのに。

しかも基本、マーメイとユーゴさんがインカムで話す時はマーメイがユーゴさんを叱咤している事が殆どだが、今日は何やらメチャクチャ上機嫌に話をしている。


「ん~?そうね~?それは必要だと思う~。そういう訳で!ユーゴに任せたから~!……え~??だって、まだ給与振込先とか作ってないし~。……うん、そういう事。…………。……あはは!何言ってんの?!アンタ?!ちょっとは気張れ!!キ○タマついてんでしょ?!」


マーメイの突然の言葉にギョッとする。

なにゆえキ○タマ……。

私はインカムをつけていないので話は見えないが、何やらマーメイがユーゴさんに発破をかけているようだ。

にしてもキ○タマって……。

朝から聞く単語じゃないな。

私は思わず苦笑いを浮かべた。

マーメイは物凄く美人で物凄くスタイルが良くて、本当に天使のようなのだが、とにかく姉御肌である。

だからあっけらかんとそういう単語もバンバン言う。

あんまりにもあっさり自然に言うので、何かそういうものだと受け入れ始めてしまった自分がいる。


「あ~おかし~!」


さんざん笑い、マーメイはインカムを外した。

そして受付の機械をまた節電スリープモードにしていく。


「何か盛り上がってたね??」


「だってアイツがあまりに馬鹿だから~。」


「いや、ユーゴさんにそう言えるのはマーメイぐらいだよ。」


「そうかな?レンゲも馬鹿だと思うでしょ?!」


「思わないよ!!むしろ何でも知っててお見通しって感じで、ちょっと怖いかなぁ。掴みどころがないし……。」


「え~??そうかしら??凄いわかりやすいヤツだと思うんだけど??」


「それはマーメイだからだよ。付き合いも長いんでしょ??」


「長いってほど長くはないと思うけど……長いのかしら??」


「それは私に聞かないで?」


思わず顔を見合わせ笑う。

そしてハグされた。


「マーメイ?!」


「良かった…。何にしろ、良かった……。」


「……生体認証の事??」


「うん。これでレンゲもここで普通に暮らせる。口座作って給与も入れるから、好きに使ってね?」


「ふふっ、なら初任給でマーメイにご馳走しなくっちゃ。」


「ん、楽しみにしてる。」


そう言うとまた、マーメイは私の頬にチュッとキスをする。

途端、顔が赤くなるのがわかった。

マーメイにとっては軽い挨拶なのだろうけれども、やはり日本にはそんな習慣はなかったし、何より、この爆乳に抱きしめられてチュッとされると、同じ女性であっても妙にどぎまぎしてしまう。


「うふふっ♡レンゲ、赤くなってる~♡可愛い~♡」


「えっ?!ちょっと待って?!待ってえぇぇぇぇ?!」


調子に乗ったマーメイが、顔のそこここにチュッチュしてくる。

焦って暴れるが、そこはマーメイ。

この天使のような見た目とは裏腹に腕っ節が強い。

数回半ば押し込み強盗のような輩が店に来た事があったが、全部マーメイがにこやかにご退室をお願いしお帰り頂いた。

そんなマーメイに私が敵う訳がない。

がっちりホールドされ逃げようがなかった。


うぅ…マーメイにとってはジャレている程度なのだろうけれど、こういう戯れに慣れていない私は恥ずかしくて目が回ってくる。

何か実家の犬をしょっちゅう撫でくりまわしてチュッチュしてたけど、トマトはこんな気分だったのだろうかと思ってしまう。


「マ!マーメイ!!時間!時間大丈夫?!」


どうもがいてもマーメイのホールド柄抜け出せないので、私は別の手段を考え、言った。

そう言われ、マーメイもキョトンと時計を見る。


「ん~、もう少しレンゲと戯れてたいけど~。そろそろ出ないとまずいなぁ~。」


「どこに行くの?」


「ん~、いつも遊び呆けているから~たまには真面目に仕事しないといけないのよね~。」


「……そうなんだ。」


どうやらマーメイにとって、ここマーメイドでの仕事は仕事の内に入っていないようだ。

ちょっとハハハと乾いた笑いをしてしまった。


「レンゲ、今、ならここの仕事は仕事じゃないのかって思ったでしょ?!」


「え~そんな事~…思ったけど?」


「あはは!何それ!!」


そしてギュッとまた抱きしめられる。

それはいつものハグとは違っていて、私もそっと抱きしめ返す。


「……ここはね、レンゲ。仕事じゃないの。私が私でいるための場所であり、仕事じゃなくて私のライフワークなの。仕事よりも大事な場所。それがマーメイドなの。」


「マーメイ……。」


「……さて!!グズグズしてても仕方がない!!サッサッと行ってサッサッと片付けてくるわ!!」


そう言って体を離すと、マーメイはいつもの元気な笑顔を見せる。

その笑顔に私は何度救われただろう。

だから私も、それ以上は何も聞かずに笑って送り出す。


「行ってらっしゃい、マーメイ。気をつけてね?」


「は~い!じゃ!行ってきます!!」


受付に置いてあったカバンを掴むと、マーメイがここの玄関?でもある通用口に向かう。

ドアを出ながら振り返り、明るく笑った。


「レンゲも楽しんでね!!」


「………え??」


「行ってきま~す!!」


「はい??行ってらっしゃい??」


楽しむって、何の事だろう??

よくわからないが、マーメイは行ってしまったので聞きようがない。

よくわからないまま、私は朝食の片付けをしにダイニングに戻った。


「おはようさん。」


「ユーゴさん?!」


「何や、そない驚いて??」


ダイニングに戻ると、何故かユーゴさんが起きていた。

休みの日、いや、普段でもこの時間にユーゴさんをダイニングで見る事はあまりないのでびっくりしてしまった。


「いや……おはようございます。」


「ん、おはよ。レンゲちゃん。パンケーキとっといてくれてありがとな。」


「いえ、ベーコン焼きます??」


「いやええよ。洗い物増えるやろ。それよか、出かけるで?」


「え??」


出かける??私が??

それって大丈夫なのだろうか??


私はこの世界に来てから、この「マーメイド」の外には出ていない。

私が生体認証を持っていないからだ。

そんなしょっちゅうチェックされる訳ではないけれど、この世界はいわばデジタル監視社会だ。

そこここに監視カメラがあるし、外はクーンと呼ばれるドローンが無作為に飛び回って街の治安を守っている。

いつどこでそのチェック網に引っかかってしまうかわからない。

だからマーメイとユーゴさんの言う「安全対策」と言うのが終わるまでは、店の入口付近にも立たないように言われた。

外からのカメラや見回りのクーンに捕まる恐れがあるからだ。


「………あ、生体認証??」


「そういう事。」


そう言った瞬間、ユーゴさんは初めてあった日の様に、いきなり腰のあたりからルブラを取り出すと私に向けた。

銃ではないとわかっていても、やはりビクッとしてしまう。


「………うん、大丈夫や。ワイのルブラでもちゃんと認識して警告も出んさかい、これなら街に出ても問題ないで。職質でも受けて相当突っ込んだ取り調べでも受けない限りはとりあえず大丈夫やと思うで。」


「それはありがとうございます……。でも心臓に悪いので、いきなりルブラを突きつけて調べるのはやめて下さい……。」


確認が終わってホッとする。

ユーゴさんもルブラをしまい、またパンケーキを食べ始めた。


「したら、支度してきい。洗い物はやっとくさかい。」


「支度……ですか??」


支度と言われても、どうしたら良いんだろう??

だいたい、どこに行くのかも聞いてないし??


首を傾げる私に、ユーゴさんはニヤッといつもの掴みどころのない顔で笑った。



「今日一日、ワイとデートしよや、レンゲちゃん。」


「?!?!」



私は固まった。

ボンッとばかりに顔が赤くなったのがわかる。

そんな私をニヤニヤと笑ってユーゴさんが見ている。


デ、デート?!

いやいやいや!!多分!からかわれているんだ!!


よくわからないが、とにかくユーゴさんと出かける必要があるようだ。

それをいい事に、ユーゴさんはいつものように私をからかっているのだろう。

そう思ったら、少しだけ冷静になれた。


「……よくわかりませんが…とにかく出かける必要があるんですね??」


「せや。街でちゃんとレンゲちゃんの生体認証が問題なく認識されるか見とかんとアカンやろ?」


「なるほど……そういう事ですね?」


ほらやっぱり。

デートなんて私を動揺させる為に言っただけだ。

どこか落胆した気持ちになる。


狡い人。


私は悟られないよう、精一杯平然として笑ってみせた。


「わかりました。なら支度してきますね?洗い物、お願いします。」


「ん、終わったら声かけてや。」


「はい。」


私はそう言ってくるりと向きを変え、使わせてもらってる寝室に向かった。

気にしちゃ駄目だ。

ユーゴさんにとってこんな事、大した事のない当たり前の挨拶に過ぎないのだ。

だから動揺したら駄目だ。


気のないジョークに動揺する自分が嫌になる。


勘違いするな、れんげ。

もう失敗はしないと決めたんだ。

私は誰かの物語のエキストラに過ぎないのだから。


なのに、何でこんなに泣きたくなるんだろう?


その理由に私は気づかないふりをした。

だって仕方ない。


私が主人公の物語なんてきっとこの世界にも存在しないのだから……。

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