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異世界バックヤード  作者: ポン酢
第一章
5/15

異世界での日常

何か少し前の夢を見ていた気がする。


そう思って微睡みから目を開けた。

薄暗い部屋の中は、装置といくつかのモニター画面がネオンサインのように瞬いていた。

ゆっくりと体を起こす。

取り付けていた装置は、いつものように外されていた。


「おはよ、レンゲちゃん。」


「おはようございます……。」


振り向きもせずそう云ったユーゴさんにそう返事はするものの、別に朝な訳ではない。

どれぐらい寝ていたのか確認する為に時計を見れば、あれから3時間ほど経っていた。

ユーゴさんは相変わらずこちらに顔を向けるでもなく作業をしている。

その背中をぼんやりと見つめた。


『レコードメモリーシステム』に入った後はいつもこんな感じだ。

気だるくて現実感のないふわふわした状態で、薄暗い部屋の中、機械に囲まれ画面に向かって作業をするユーゴさんの背中を見つめる。

億劫な体調とは裏腹に、私はその時間が何気に好きだった。


「よぉ寝てたな?お疲れさん。」


「データはできました?」


「粗方な。起きたてすまんけど、マーメイと受付、変わってきてや。」


「………またですか?」


「またって、自分……。しゃぁないやろ、こればっかしは。」


「そうですけど……。」


私は恥ずかしくなってむくれた。

仕方がないのはわかっているが、それをユーゴさんがわかっている事が堪らなく恥ずかしい。


「……なんやねん?そないゆうなら、ワイが経験積ましたろか??」


デスクチェアーを軽く回転させ、ユーゴさんがイタズラにこちらを振り向いた。

ニヤッと笑う顔を見て、私はさらに恥ずかしくなる。


「結構です!!本当!ユーゴさんてデリカシーゼロですね!!」


私は勢い良くそう言うと、ツンッとして立ち上がった。

顔から火が出そうなほどの恥ずかしさと、少しの悔しさ。

その悔しさが何かはよくわからないが、一刻も早くユーゴさんと二人だけの空間から離れたかった。

リクライニングチェアーの下に落ちている靴を履くと、私はそれ以上何も言わずにドカドカと部屋を出て、バタンと扉を閉めた。


本当!信じらんない!!

何なの?!あの人!!


閉じたドアの前、赤面した私は叫びたいのを必死に堪える。

少しだけそうやって時間を取り、自分を落ち着けた。


そうは言っても仕方がない。

仕事は仕事だ。

私達は物語を作らなければならない。

依頼主の求める内容の、その人だけの物語を。


ここ「マーメイド」は、インサイドビルドだ。


インサイドビルドと言うのは、この私にとっては異世界である世界の娯楽提供商売の形の一つだ。

顧客が求めるその人だけの物語を作り、提供する。


ここはプラーシパル。

私から見た異世界の都市だ。


2週間ほど前、私はこの世界に来た。

どうやって来たかは覚えていない。

その時、この店のオーナー兼受付嬢のマーメイと技術担当のユーゴさんに助けられ、そのままここで働いている。


まるでSF映画か近未来かといったこの世界は、デジタルが生活の一部になっている。

私ははじめ、サイバー空間やバーチャルリアリティーの世界に入り込んだのかと思ったほどだ。

そんな世界の人々は、溢れ狂う多くの道楽に飽きてしまい、原点復帰とでも言うのか、まるで本を読むように自分の為に作られた望む内容の物語をデータとして買い、空想に浸るようになった。


そんな顧客の望む内容の物語を作り、そのデータを売るのが「インサイドビルド」という商売だ。

はじめに聞いた時は冗談かと思ったが、この世界ではメジャーな商売でびっくりした。

科学も発展しすぎると、一周回ってアナログめいたモノが真新しくなってしまうみたいだ。


人々はまるで飲食店に食事に来るように「インサイドビルド」を利用する。

それはファストフードを頼むようなものから、三ッ星の高級レストランで頼むようなものまで様々だった。


簡単なものは個人生体認証から無人無料プログラムを用いて利用できるのだが、やはりそれだと味気ない。

有料無人プログラムで細かなアンケートを用いるものなどもあるが、どうせお金を払うなら人の手が入って展開調整されたものの方が人気だ。

起承転結を自分で決め、そこからプログラムが大枠の話を作り、インサイドクリエイターが完成させる。

このインサイドクリエイターがどの程度作品の完成に関わるかで概ねの料金が決まり、また、人気のクリエイターだとさらにお金と時間がかかる。


このインサイドクリエイターと言うのが、ウチでいう所のユーゴさん。


インサイドクリエイターはピンキリあるが、爆発的な人気が出れば、下手すると週~月に1本でも食べていけるようになる。

ぬれ手に泡の夢のような仕事だ。

だから将来インサイドクリエイターになりたいセミプロの人や駆け出しのインサイドクリエイター等が、名前を売る為に無料~格安でインサイドビルドをしている事も多い。


我が社(?)、インサイドビルド「マーメイド」もそんな立ち位置になる。


ただうちが他と違うのは、ユーゴさんが名前を売りたくて小さな個人経営のインサイドビルドをしている訳ではない所だ。

「マーメイド」では、インサイドクリエイターの名前は伏せている。

表向きは一人のクリエイターで行っているのではなくビルドチームで行っている事になっていて、メンバー構成は社外秘としているのだ。

そりゃそうだ。

社内組織図的にはメンバー名があるが、殆ど名前借りにすぎず、ビルド作業はユーゴさんが一人でやっているのだから。

一応、組織図的には私もそのチームメンバーとなっている。


何故、そんなややこしい事になっているのかは聞いていない。

私も詳しく聞く気はない。

二人が今の形に満足しているのだから、私がとやかく言う事ではないだろう。


まぁ、見た感じでわかっているのは、ユーゴさんはかなり凄腕のクリエイターなのだが、とにかくやる気がない。

別にお金がなくて野垂れ死んでも構わないといった感じだ。

それをマーメイが尻を叩いて無理やり仕事をさせている。

だから変な話、クリエイターとして人気が出たら困るのだ。

今の底辺インサイドビルドの仕事ぶりで何とかユーゴさんは仕事をしてくれているが、これ以上、仕事を増やしたり期待されたり注目度が上がったら、多分、夜逃げする。

まだたった2週間の付き合いだが、私にもよくわかる。

ユーゴさんはそういう人なのだ。

だから「マーメイド」は、このうだつの上がらない、三歩歩けば別の店が見つかるレベルの安インサイドビルドで居続けなければならないのだ。


そして「マーメイド」が雑草並みの安インサイドビルドで、こんな町外れの寂れた雑居ビルの片隅にあるのにはもう一つ理由がある。


この「マーメイド」のオーナーであるマーメイだ。

私とさほど歳の変わらない若いマーメイが店のオーナーだと聞かされた時はびっくりした。

しかもこの店以外にも色々資産を持っているらしい。

こちらも詳しくは聞いていないが、どうもマーメイはかなりの資産家と血のつながりがあるそうだ。

でも彼女はその人達の事を家族とは言わないし、特に交流がある訳でもない。

今の彼女の資産も、元手はどこかしらからあったのだろうけれど、基本的にはマーメイ自身が資産運用によって今の財力にまでした、正真正銘、彼女自身の資産なのだ。


ただ、そう言った事情もあってか、マーメイも目立った暮らしがしたい訳じゃない。

だからこの「マーメイド」が、ありふれた二束三文のインサイドビルドである方が都合が良いのだ。


複雑で、一癖も二癖もある状況下でひっそりと運営しているインサイドビルド「マーメイド」。


そしてそこに転がり込んだのが、どうやら異世界転移してきたらしい素性の知れない私だ。

この世界は完全に私の知っている世界と違う。

それは『レコードメモリーシステム』を用いて、ユーゴさんも確認済みだ。


私の記憶にある世界は、この世界にはない。


私はこの世界に存在しないはずの人間なのだ。

本来ならそんな人間が目の前にいたら対応に困ると思うのだが、そこは一癖も二癖もあるマーメイとユーゴさんだ。

あ、そう、としか言わなかった。

そして別に対応に困る訳でもなく受け入れて生活している。

私としてはありがたいが、ちょっと何か凄すぎる。


「マーメイ、受付変わってってユーゴさんが。」


私は店の受付に行くと、そう声をかけた。

私を見たマーメイは、凄く明るく笑ってハグしてくれる。

毎日毎日何度もハグしてくれるのだが、それでもこのグラマラスな美女に抱きしめられるのには慣れない。

爆乳に顔が埋まってよしよし撫でられると、どう反応していいのかわからなくて困る。


「うふふ、ま~たレンゲは固まって~。可愛い~!!」


「仕方ないじゃない。私の暮らしてたところでは、ハグは一般的ではなかったんだって~。」


「じゃあ慣れて貰わないと!!今日もいっぱいハグしてあげる!!」


そう言って、またもムギュッとされる。

私が男だったら、こんな生殺し耐えられないなと思う。

でもそう言えば、マーメイはユーゴさんにハグしている所は見かけない。

さすがのマーメイも、同性にしかこんな気軽にハグしたりはしないんだろう。


「あ~でも、受付変わるって『レコードメモリーシステム』やるって事でしょ~?!私、あれ、好きじゃないのよ~。」


「ごめんね……私だと補いきれなくて……。」


「レンゲは悪くないわよ!むしろいつまでもそんなレンゲでいて欲しいわ!私!!」


「え~、それは~……どうなんだろう……。」


そう言われ、複雑な思いに囚われる。

困ってしまった私を、マーメイがふふふっと笑って撫でてくれた。


「なら受付お願いね?特に予約は入ってないから誰も来ないとは思うけど、対応に困ったらユーゴを呼んでね?」


「うん、大丈夫。」


そう言うと、マーメイはまた軽く私をハグすると、チュッと頬にキスをした。


「?!?!」


「も~、真っ赤になって可愛いんだから~!!」


「だ、だ、だ、から!!こういう挨拶には慣れてないんだってば!!」


「だから慣れようね~?レンゲ??」


「それはちょっと!!」


相手がこの天使のような爆乳絶世美人でなければ「欧米か?!」ってツッコめるのだが、マーメイ相手ではそんなノリツッコミでかわせる余裕はない。

目をぐるぐるさせて赤くなる私を猫の子のようにわしゃわしゃ撫でると、マーメイは満足そうに受付を出て行った。


「う~、マーメイは自分がどれだけ美人でグラマラスなのか、もう少し自覚を持って欲しいよ~。」


仲良しの挨拶にしたって、やられた方は変にドギマギしてしまう。

それに慣れろというのはかなり無理があると思う。


私はドサッと受付の椅子に座り込んだ。

「レコードメモリーシステム」後の気だるさもあって、もう動くのが面倒だった。

ふと、マーメイがある摘んでいたらしいグミに似たお菓子が目に入る。

それを数個、口に入れた。

頭と体のだるさに糖分が染みる。


『お疲れやな、レンゲちゃん。』


「あ、すみません!」


どうやらカメラ越しにユーゴさんに見られていたようだ。

思わずシャキッと姿勢を正し、急いでインカムをきちんと装着する。

それをゲラゲラとユーゴさんが笑った。


『レンゲちゃん、そない真面目にせんでええっていつも言うとるやん?!』


「あ、いや、でも…仕事中ですし……。」


『仕事って程でもないやん、もっと気ぃ抜いていかんと、早死するで?!』


「いやそれは……。」


『そんなきばらんでええんよ。人生、テキトーでもなるようになんねん。何よりレンゲちゃんはもう自分の分の仕事は済ませてあるんやし、ゆっくりしときや~。』


「はぁ……。」


それができないのが私というか日本人だ。

私は困ったようにため息をつく。

受付モニターの一角で、カメラ越しにユーゴさんが手を振っている。

私もカメラを見つめて手を振り返す。


本当、ズルい。


カメラは通常モードだから画質を落としてあると思うので、赤くなっている顔は見えないはずだ。

でも、画面越しに優しく微笑むユーゴさんを見ると、ますます赤くなりそうで私はどうしていいのかわからない。


本当、この人は……。


いつもは意地悪で冷たいのに、こうしてインカムを通じて話す時は妙に温かい言葉を囁いてくる。

画面越しなら、包み込むように優しく笑ってくれる。


本当、ズルい。


わかってる。

この人はそうやって私の反応を楽しんでいるだけなのだ。

わかっているから凄く腹立たしいし、悔しい。


「……ユーゴさんなんて嫌いです。」


『そなの?ワイはレンゲちゃん、好きやけどな??』


ほらまた。

本当、ズルい。


そして言葉のなくなったこの時間を、私はどうしていいのかわからない。

からかわれてるのがわかっているのに、言い返せない自分が嫌になる。


そんな時、バンッと扉が開く音がインカム越しに聞こえた。


『ユーゴ!!ちょっと目を離した隙に!!レンゲを口説かないで!!』


『別に口説いてへん。レンゲちゃんが真面目すぎるからリラックスさせようとしただけやん。』


『レンゲは純粋無垢な天使なの!!その気もないのにからかわないで!!』


『誰もその気がないなんて言うてへんやろ……。』


『問答無用!!』


『おい!!ちょっと待てや!自分?!落ち着け?!』


モニターからユーゴさんの姿が消え、インカム越しにどったんばったんと音がした後、プツンと交信が切れた。


しばらくその無音を聞いた後、私はため息をついて受付に肘をつき、さっきのお菓子を口に放り込んだ。

いつもの事だ。

私は受付の機械を操作して、画面の一部をニュースなんかの情報動画に切り換えた。

それをぼんやりと眺める。


得体のしれない私を受け入れてくれた二人も凄いが、この癖の強い状況に適応しつつある私も凄いよな、なんてちょっと思っていた。

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