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異世界バックヤード  作者: ポン酢
第一章
4/15

不細工と愛着

「何者なん?自分??」


これがユーゴさんが事件の後、最初にかけてきた言葉だ。

マーメイに抱きしめられて泣いていた私にそう言った。

道に散らばっていた私の荷物を拾い集めてきてくれた様だが、物凄く怪訝そうにそう聞かれた。


「………はい??」


混乱と恐怖と絶望と安堵が一気に押し寄せ、訳がわからなくなりながら泣いていた私は、マーメイの巨乳から顔を上げてそう答えた。

何者か問われるほど私に存在比重はない。

誰の物語にもどこにでもいるエキストラの一人に過ぎない。


そうか、エキストラの一人に過ぎないのだから、事件の名も無き被害者役にもなり得るのだな、なんて心のどこかで思った。


「ちょっと!ユーゴ!!何なのよ!!女の子があんな目に合った直後なのよ?!もう少し気を使いなさいよ!!」


「そう言うんはわからんわ。けどジジイが来る前に、ちょいと話しといた方がその子の為になるんやないか??」


ユーゴさんはそう言って、私のスマホをつまみ上げ、ぷらぷら揺らした。

画面に大きくヒビが入ってしまっている。

保護シール貼ってたのに~!!

私は手を伸ばしたが、ユーゴさんはヒョイッとスマホを遠のけた。


「え?!返してください!!私のスマホです!!」


「ほ~ん??スマホ言うんか、これ??」


「え??」


何を言われているのかわからない。

キョドる私とスマホをマーメイは数度見比べ、表情を強張らせた。


「あなた、どこから来たの?!」


「え?!」


「ここがどこかわかる?!」


「……それが…わからないんです。こんな街、見たことが無くて……。ここはどこですか??」


私の言葉に、爆乳美女ことマーメイと関西弁のひょろ長い男の人、ユーゴさんは少し固い表情で顔を見合わせる。


「ヒッ?!」


次の瞬間、ユーゴさんがさっきの銃のようなものをサッと私に突きつけた。

銃ではないようだが、反射的に硬直してしまう。


「怖がらんでええで?さっきみたいな針は出ぇへんから。」


「大丈夫。個人データを確認しているだけよ。それより名前は言える??」


無表情に告げるユーゴさんとは逆に、マーメイは優しく抱き寄せ、宥めるような声で聞いてくれた。

その声に安心して、マーメイの顔を見上げる。

微笑む顔はやはり天使だ……。

ほっと一息つき、私は答える。


「……れんげです。平政蓮花。」


その横でユーゴさんの銃みたいなものからエラー音が響く。

チッと舌打ちすると何かを調整してまた私に向けた。

危ないものではないとわかっていても、どうしても緊張が走る。

無意識にマーメイにきゅっと抱きついてしまう。

それをクスッと笑ってマーメイは抱きしめてくれた。


「うふふ、レンゲかぁ~、可愛い~!」


そして猫でも可愛がるようになで繰り回される。

グラマラスな美女に抱き寄せられなで繰り回されている状況にかぁ~と頬が熱くなる。

な、何か、イケナイ事をしている気分になってしまうのは気のせいということにしよう……。


そんな中、またもエラー音が鳴る。

ユーゴさんがあからさまに眉を顰めた。


『Error0A1、セイタイトウロクナシ、ナイシ、カンゼンマッショウゴ。』


「あちゃ~、こりゃかなりヤバイわ、このお嬢ちゃん。ワイのルブラで出てこないってのはかなりヤバイわ。」


「壊れてんじゃないの?」


ムッとマーメイが言い返すと、ユーゴさんは無表情にマーメイにそれを向けた。

焦ったマーメイが止める間もなく、機械音が流れ出す。


『tpmagw0awpm2346tgdap、マーメイ・KG・ユーシス・トランジスタ、ジェンダー……』


「ちょっと!!人の個人情報!!やめてよ!!」


「ワイのルブラは壊れてへん。」


「わかったからルブラを黙らせて!!個人情報よ!!」


「へいへい。」


何かを読み上げている銃のようなものをユーゴさんが弄くり、音が止まる。


突然落ちる静寂。

その中に無機質にサイレンの音が近づいてきている。


「ねぇ、アンタのオジサンの言ってたアレに、この子当てはまるんじゃない?!」


「せやな……。生きて見つかった最初のサンプルになるやろな。」


よくわからないが雲行きが怪しい。

どういう事だろう??

私の個人情報が確認できないと言うことのようなのだけれども、そんな事ってあるのだろうか?

だが、たしかにここは見覚えのない街であり、知らない場所だ。


「サンプルって言い方やめなさいよ!!生存してる被害者でしょ?!」


「言い方を変えたって扱いは変わらんやろ。」


二人の会話を、まだ酔いの回っている頭で聞く。

どう考えてもヤバそうな内容だ。


え??どういう事なの?!

その変な銃みたいので個人情報が出ないって事は、私、ここでは不法滞在者みたいな感じなの?!


それだけじゃない。

生存している被害者って?!

つまり、今まで生存していない被害者はいたという事だ。


それがどういう事なのかといえば……。


そう思ったら激しい緊張で冷や汗が吹き出し、また吐き気が戻ってきた。

ガクッと地べたに座り込む。


とても理解できる内容じゃない。

少なくとも、この酔いの回った状況ではどんなに考えてもまともな答えを見つけられそうにない。


嘔吐きだした私を支えながら、マーメイがユーゴさんを振り返り、早い口調で言った。


「どうにかならない?!アンタの昔の知り合いに頼むとか!!」


「マーメイ。自分、しょっちゅうワイにそう言う連中とはもう縁を切れ言いよるのに、結局、頼るんかいな??」


「仕方ないでしょ?!じゃないとレンゲが取り調べという名のモルモットにされちゃうじゃない!!」


「なんや自分かて、サンプルにされる思うとるやんけ。」


「うるさいわね!!できるの?!できないの?!」


「あっちの連中にできひん事なんかある訳ないやろ。ただ、ふっかけられるで?」


「出すわよ!!こんな可愛い子を酷い目になんか合わせられないわ!!」


「……まぁ、ええけど……。けどな?そこまで信用してええんか??その子??」


吐き気があるのに吐くものがなくて、胃の収縮に合わせて全身に力が入ったり抜けたりを繰り返す。

凄く辛い。

訳のわからない状況に体も心も壊れそうだ。


回らない頭で俯いたまま目だけでユーゴさんを見上げる。

私を見下ろすユーゴさんの目には何の感情もなかった。


「ォ……オェッ……ッ!!」


「レンゲ!!」


「ワイらには手に負えん事や、マーメイ。可哀想やけど諦めや。」


「嫌よ!!レンゲは信用できる!!」


「何を根拠に言うてんねん。人は見かけによらん。自分かて、よぉわかっとるやろ??それにその子自身が知らんでも、ヤバイ場合だってあるんやで??」


吐けないものを吐こうと蹲り、私は話を聞いていた。

視界はぐるぐるするし、耳もわんわんしている。

でも思考の一部はやけに冷静で、二人の会話を、ユーゴさんの言い分を聞き分けている。


彼の言う事は当然だ。


突然、登録記録のない人間が目の前にいる。

警察のようなものがこちらに向かってきている。

事件の被害者なのだから、当然、保護・取り調べを受ける。

得体の知れない不法滞在者のような人物なら、その後、普通とは違う待遇でそれを行われる事になる可能性は高い。


それは当然の処置だ。


爆乳美人はそれを心配して匿おうとしてくれているようだが、そんな事をしたら、した方だって罪に問われる。

そして、そんな得体の知れない人物を信用していいかどうかの判断も、彼の言う事は間違っていない。


「…………気にしないで……。」


「レンゲ……。」


「守ってくれて……守ろうとしてくれて……ありがとう……。」


抱きしめてくれるマーメイに、私は力なく笑った。

ここがどこかはわからない。

何故ここにいるのかもわからない。

だがここにいる以上、ここのルールに従うしかない。


聞きなれないサイレンの音は、だいぶ近くなって来ている。

どうにかする方法も時間もない。


私は諦めて静かに息を吐き出した。

理不尽な目に合わされずに済んだのは、二人のお陰だ。

これ以上、迷惑をかける訳にはいかない。


そんなに恐ろしく捉えなくても大丈夫。

場所は違えど、ここの公的機関のお世話になるだけなのだから。


もっとも、不法滞在者の様な状態の私が、今後どの様に扱われるかは確かにわからないのだけれども…。


地べたについた手をグッと握る。

大丈夫。

しっかりしなきゃ。

自分で何とかしなきゃならないんだ。


そんな私を見守りながら抱きしめ、マーメイはしばらく黙っていた。

だが、やがてキッとユーゴさんを見上げた。



「……私はアンタを信じた!!」



その声、その瞳には、強い意志があった。

マーメイが見上げたユーゴさんは何も言わず、その双眸をただ見返す。


「私はアンタを信じた!!ユーゴ!!」


「……だから何や。藪から棒に。」


「それと同じよ!!私はレンゲも信じる!!あの時と同じ!!私はレンゲを信じる!!」


そう言われ、ユーゴさんは鳩が豆鉄砲を食らったように絶句した。

マーメイは強い意志を持って、黙ってユーゴさんを見上げている。

少しの間があった。

やがてユーゴさんが大きくため息を付いた後、ニヤッと破顔した。


「……なるほどなぁ。そうくるかぁ~。」


ユーゴさんは少しだけ上を見上げた。

今は夜だから、星空が見えるのだろうか?

気になって私も上を見ようとしたが、気持ち悪くてできなかった。

そんな私をマーメイが変わらず献身的に背中を擦ってくれる。

ユーゴさんが顔を戻し、そして私達に目を向けた。


「……なら、急ぎや。マーメイ。ジジイは適当にワイがあしらっとくわ。その子は伸びてる奴らの仲間に連れ去られた。逃げた奴らの一人のデータはここにあるし、発信機もついとる。自分はいつものようにワイが止める間もなく、攫った奴らを追いかけて行った。それでええな??」


「……上出来よ。」


マーメイはニッと笑って立ち上がると、ユーゴさんと拳を付け合わせた。

何か少年漫画みたいだなぁとぼんやり思う。


「立てる?レンゲ?」


「はい……何とか……。」


「こいつは持って行きや。実物見んの初めてやさかい、後で調べたいねん。他のモンはジジイに渡すけど、ええよな??」


そう言って、マーメイに支えられながらたちあがった私に、ユーゴさんはスマホを渡してきた。

受け取り画面を見るが当然圏外だ。

これを持っていたからといって、もう使う事はできないだろう。


「………あの……定期入れと…お茶だけ貰っても良いですか?」


カバンの中の物を考えて私は言った。

大したものは入っていない。

財布でありお金やカードは、もう、ここでは意味がないだろう。

手帳も講義とバイトのスケジュールしか書いていないし、住所録ももうあっても仕方ない。

でも定期入れには免許証と学生書なんかの写真付きの証明書と家族と犬の写真がある。

お茶は単に口を濯ぎたかった。


「どれや??」


「これです。」


カバンを開いてくれたので、一緒に覗き込む。

私はまずすぐ目についたお茶を取ろうとした。


「あ、飲みモンは駄目や。ゴミから足がつく。口ん中気持ち悪いやろが、今は我慢して後でマーメイに買うてもらいや。」


「わかりました。では定期入れだけ……。」


そう言って、奥に隠れていた定期入れを取り出した。

一番目立つ所に、実家の犬の写真がババンと入っている。

それを見たユーゴさんが怪訝そうな顔をした。


「……犬かいな??何やアンバランスで不細工な奴やなぁ?!」


「コーギーはこういう犬なんです!不細工じゃないです!!」


「まぁ……可愛えぇかもな??不細工さがええ感じや。」


「不細工じゃないです!!」


「ハイハイ、愛嬌があるって言えばええんやろ??アンタにそっくりや。」


そう言うと、ぽんぽんと頭を撫でられる。

予想外の事に驚いて私は硬直してしまった。


「?!?!」


「うはは!何や!その顔は?!おもろいなぁ~。」


え?


ええっ?!


何で??

この人、さっきまで私を見捨てて当然って感じだったよね?!

なのに何でこんなにいきなりフレンドリーなの?!


思わずサッと身を引いた。

それがさらに面白かったようで爆笑された。

私は真っ赤になってしまう。


「……なるほどなるほど。確かに可愛えぇなぁ。」


「?!?!」


ニヤッと笑う顔はどこか掴みどころがない。

私は撫でられた頭を手で押さえ、目を白黒させるしかなかった。

そんな私を庇うようにマーメイが抱き寄せる。


「ユーゴ、レンゲをからかわないで!!」


「せやな。はよ、行きや。」


「ヘルメット借りて良いわよね?!」


「ええよ。むしろ事務所に入るまでしっかり被せときや。ここいらのカメラはいつも通り馬鹿になっとるけど、その先はヤバイで?ワイのヘルメットやないと追われるさかい、気ぃ付けや。」


「そうね、わかった。」


その会話から、今から自分は逃亡者になるのだと自覚した。

どうやらこの場所は危険地帯で防犯カメラも馬鹿になっているみたいだが、その先は当然、真っ当な防犯カメラが起動しているのだろう。


「……早よ行き。そろそろクーンが来るで。」


「わかった!レンゲ!こっち!!」


だいぶサイレンの音が近い。

クーンとは何だろう??

よくわからないまま、マーメイに腕を引かれる。

戸惑いながら振り向くと、ひょろりとした彼が笑いながら軽く手を振った。


「お礼……。」


「大丈夫、すぐまた会うわ。今は急いでね?」


笑ってそう言ったマーメイに頷く。

でも私は何故か、小走りに進みながらまた振り向いた。

一人残されて笑った彼の顔が、笑っているのに悲しそうに見えた気がした。

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