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異世界バックヤード  作者: ポン酢
第一章
3/15

危機とボインと関西弁

「オネーサン、何してんすかぁ~?!」


ぼんやり立ちすくんでいると、そんな声がかかる。

ハッと我にかえって振り向く。

そこにはあまり見慣れない奇抜な服装の若者が3人、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。


直感でわかった。

刺激せずに逃げるべきだと。


だが吐くほどアルコールの回った体は、その危険信号を上手く四肢まで伝達してはくれない。

動こうとした脚はもつれ、尻もちをついてしまう。


しまった!!


意識がはっきりするまで無事だったからと言って、意識が浮上してすぐ全身が思うように動く訳ではない。

早く起き上がらなければと頭の半分では思っているが、ぐわんぐわんと荒波に揺れる脳内は、それに混乱してまた嘔吐中枢に司令を出す。

そんな事をしている場合ではないのに、生体反応の摂理には逆らえない。

もう吐くものもないのに、嗚咽が優先してその場を動く事ができないのだ。


その様子を見ながら、絵に描いたような男たちが薄ら笑いでゆっくり近づいてくる。

願わくば、人を見かけで判断してはいけないの例になるような親切な心の持ち主であって欲しい。

だがその淡い願いは、回転する三半規管にさらなる混乱を落とす事で儚く消えた。


「……ヤバいじゃん。コレ、意識あんのかなぁ??」


「ないんじゃね??あっても覚えてないっしょ?」


「あ~あ、このお姉さんもこんな所で酔い潰れるとか災難だったねぇ。何されてもここじゃ文句言えねぇっての。」


「ていうか、ここまで飲ませた奴は??」


「だな?そういう目的だったろうに、どこ行ったんだろな??」


「アレだろ?なんかこのねえちゃんに恨みがあったかなんかで、酔い潰してここに置いていったんだろ??」


「なるほどなるほど。だとしたら俺らは、そいつの思い描いた通り、この撒き餌を美味しく頂かないと。」


「まぁ、そういう事だな……。」


ここがどこかはわからない。

何でここにいるのかもわからない。


だが、自分の置かれている状況は理解した。


どうする?!

まともに働かない頭の正常な部分で必死に考える。


体は思うように動かせない。

ただでさえ嗚咽が止まらないのだ。

吐けるものがあればそれを出せば一時的に収まるが、だからといって起き上がって逃げる事は無理だ。

下手に暴れれば、かえって平衡感覚などを失ってしまいかねない。

チラリと周囲を伺う。

よくわからない場所だが一応今は通りにいる。

体が動いたとして、逃げてもっと細い袋小路に迷い込んだら、土地勘のない私にはかえって不利だ。

人が通るとは限らないし通ったとしても安全な人間とは限らないが、それでもその後逃げる事を考えればある程度の通りから離れない方が安全だ。

どうにかもう少しアセトアルデヒドの分解が進んで、頭と体がマシになる時間を稼がなければ。


ただ、彼らとの交渉はどこまで有効だろう。

お金を渡せばどうにかなる状況ではない。

渡したからと言って、彼らの目的は変わらないだろうし。

だが、時間稼ぎにはなるはずだ。


とにかく冷静に。

そう、自分に言い聞かせた。

彼らは私が一応、はっきり意識があるとは思っていない。

今、利用できる事はそれだけだ。


全身に冷や汗が流れ、震えが走る。


駄目だ、負けるな自分。

助けてくれる人なんかいない。

今だって、今までだってそうだ。

ずっと自分一人で何とかしてきた。

幸せな事はなかったけれど、史上最悪な状況はいつも何とか自分一人で回避してきたじゃないか。


やらなきゃならない。

誰も助けてはくれないのだ。

やらなきゃやられる。

頑張れ自分!!


「ダイジョーブ??オネーチャン??」


「ヒッ!!」


ガシっと肩を掴まれた。

嘔吐で俯いていた体が、無遠慮に上向かされる。

頭が乱暴に揺らされ、ぐわんぐわんと世界が回った。


「ヒッ!だって!!可愛い~!!」


三人のうちの一人がゲラゲラと下品に笑う。

その声が頭の中にサイレンの様にこだまする。


「あんま、美人ではないな??」


「でも無理ってほど不細工でもねぇじゃん?!」


「まぁ、顔は二の次だよなぁ。穴がありゃ良いんだし。」


そう言いながら、肩に手をかけた男が無理やり引き起こそうと腕を掴んで引っ張った。


「……やめて……やめて…下さい……。」


「お?上品だなぁ~。」


「お金……。」


「うんうん、お金もくれるのかぁ。ありがたいネェーちゃんだな!!」


「大丈夫……タクシーを……。」


「タクシー?!あはは!!この辺りに来るタクシーなんていねぇよ!!本当、ここがどこかわかんないで捨てられたんだなぁ、このネェーちゃん!!」


「そうそう。この辺で捕まるタクシーなんか乗ったら、二度と降りらんないぜ?!」


ゲラゲラ笑う彼らの声が、トンネルの中のサイレンの様に耳の中に大音量で響く。

随分、治安の悪い場所にいるようだ。

日本にそこまで治安の悪い場所なんてあったかなぁと思ったが、そもそもここが日本かどうかすら怪しい。

だとしたら、もう、かなり致命的なところまで来ている。


どうする??


相手が一人なら、殺す気で抵抗すれば過剰防衛や殺人未遂に問われるかもしれないがやり過ごせる可能性はある。

だが、相手は三人だ。

そして私は泥酔していて体の自由が効かない。

体が自由に動いていたとしても、格闘技でもやっている訳ではないのだから逃げるのは難しいだろう。


ガタガタと奥歯が鳴る。

何で?何でここにいるんだろう??

何でこんな目に会うんだろう??


何で??


恐怖で正気が保てなくなりかける。

しっかり、自分。

誰も助けてはくれないのだから、しっかりして!!


でもだからといって、この状況で何ができる??


死ぬほど抵抗して逆上されて暴力を振るわれた上で死ぬか、大人しくして理不尽を受け入れるか。

理不尽を受け入れた所で、まともに生きて帰れる保証はない。


そもそも理不尽を受け入れてまで、私は生きていたいだろうか??


こんな事なら、泥酔したまま意識がはっきりしなければ良かった。

うわ言のような弱々しい言葉と力の入らない抵抗を試みても、彼らはそれをちょっとしたスパイスとして楽しむだけで、ズルズルとどこかに引きずられていく。


ああ、私の人生なんてこんなもんか。

急にそんな言葉が胸に浮かんだ。


その瞬間、全ての諦めがついた。


美人でもない。

可愛くもない。

目立った才能もなければ、人付き合いに向いた性格もしていない。


多くを望んだ訳じゃなかったのに。

ただ、静かに穏やかに、自分の価値をわきまえて、ただ目立たず過ごしたかったのに。


気を失えてしまえば、この絶望を長く味わずにすむ。

そう思った私は最後の抵抗で、可能な限り暴れて叫んだ。

そうすれば、暴れないように気絶させてくれるかもしれないから。


「おい!いきなり暴れんな!!」


「嫌だ!!誰か………っ!!」


「バカか?!こんな所で叫んだって誰も助けてなんかくれねぇよ!!」


「アハハ!!かえってギャラリーや参加者が増えるだけだってのに!!とんだ世間知らずだなぁ!!」


「嫌ぁっ!!離してっ!!」


力の限り、手足をバタつかせる。

それが誰かの顔か何かに当たったようだ。


「痛ってぇなぁ!!このアマ!!」


「1発殴って黙らせるか~。」


「だな?!」


苛立たしげな声。

1発で気を失えるだろうか?

私は奥歯をぎゅっと噛んでその衝撃に備えた。


ガスッ!っと言う鈍い音が響く。


痛みはなかった。



「……な?!」



焦ったような声。

私も目を開けて辺りを見た。


私を掴んでいた男が一人、消えていた。


どういう事??


よくわからない。

無理やり動かされたのと暴れたのでアルコールが周り、頭はぐるぐるしている。

だから視界も見えて入るけど認識しづらい。



次の瞬間見えたのは、漫画でしか見た事のない爆乳の谷間だった。



「え?!」


「大丈夫?!しっかり!!」



もふんとその柔らかな谷間に顔を埋める。

何?天国??

柔らかくハリのある見事な爆乳の谷間に抱きしめられ、私は混乱した。


「え??」


「意識はあるのね?!かわい子ちゃん☆」


「え??」


「薬でヤラれてる感じじゃないわね?!良かった!!」


顔を上げると、これまた漫画かハリウッド映画かと言う日本人とは似ても似つかない、物凄いブロンド美人が、力の入らない私を抱きしめて支えていた。

この美しさにこの豊満ボディー、惚れる。


「おい、マーメイ。ジジイの奴、15分もかかるとか抜かしとる。」


「まったく!!本っ当!あんたのオジサンは使えないわね!!なんの為に税金払ってんのよ!!商売上がったりだわ!!」


「ほんまやな。」


そこにまた、新たな声がかかった。

おっぱいに包まれているので、相手の顔は見えない。

でも何で関西弁??

いや、関西出身の方なのかもしれないけど。

て言うか、ここ、やっぱり見覚えがないだけで、日本のどこかの都市なのだろうか??


そんな事を思っていると、シュッと何かが飛んできた。

同時に爆乳美人が私を庇うように身を屈めた。


「え?!」


「まったくしつこいわね!!ユーゴ!!この子お願い!!」


「ま~、しゃ~ない。」


「え?!」


そう言うが早いか、私は柔らかくて温かい天国から、ゴツっとした硬いものに移された。

よくわからないまま顔を上げると、眼鏡なのかサングラスなのかゴーグルなのかわからないものの奥で、ニヤッと猫目が笑った。


「どうも~。」


「は、はい。どうも……??」


爆乳美人は天使の様に見えたが、この人はさっきのゴロツキとあまり変わらなく見える。

ホッとしていた気持ちに緊張が走った。


「なんや?警戒しとる??自分??」


「あ、はい……。」


「ん~、そう言う顔されると、虐めたくなんねん。」


「……何でですか。」


その男の人は、警戒する私を見てやはりニヤッと笑うだけだった。

どこか掴み所のない、そんな顔だった。


「お~い、マーメイ。殺すなよ??」


その言葉に顔を向けると、ゴロツキ相手に爆乳美女が圧巻の強さを発揮していた。

一人は既に伸びていて、二人目も今、ノックアウトした。

綺麗なお御足のハイキックが炸裂する。

あのムッチリめの太腿とか、個人的にはかなりツボだ。

相手はナイフの様なものをちらつかせていたが、お構いなしに彼女はゴロツキを戦闘不能にした。


「ナイスゥ~。」


気の抜けた声で、私を支えてくれている関西弁の男の人が言った。

通りに伸びているゴロツキ二人。

手にナイフのような物を持ってはいるが、それを持っていても爆乳美人が仲間を軽々のしたのを目の当たりにしている。

目の前には、やたら強い爆乳美女とひょろりと長くて強くはなさそうだが、それでも男が一人。

残る一人はどうするか迷った後、さっと背を向け、一人だけ逃げ出した。


「あ!!コラ!!仲間を見捨てて逃げるな!!」


「あ~。ええ、ええ。放っときや~。」


それを見て憤慨した爆乳美人はすぐに後を追おうとした。

しかし関西弁の彼は呑気にそう言って彼女を止めた。

そしておもむろに腰の辺りに手を伸ばす。

私の肩を抱き支えているのとは反対の手で、彼は何か拳銃のような物を取り出し、逃げるゴロツキに向けて構えた。


「?!」


ぎょっとする私を他所に、その男は何でもない事のように引き金を引く。

パシュッと響く小さな乾いた音。

私はこれが現実なのかわからず、彼の腕の中で呆然とそれを見ていた。


え?!何?!

拳銃?!

これって、銃殺?!


あまりの事に青ざめてすぐさま焦って逃げるゴロツキを見たが、特に変わった様子もなく逃げていく。


「…………?」


「お~、出たで~。」


顔を向けると、彼の撃った銃みたいなものから、何か印刷されたテプラみたいなものもがびろびろんと出てくる。


「もう!!今、捕まえれば終わったのに!!」


「ん~、それもええけど、ああいうんは他に仲間もいるやろ~。居場所にジジイを送り込んだ方がまた面倒に巻き込まれなくて済む。」


「まぁ……それもそうだけどさぁ!!こんな可愛い子に!あんな怖い思いさせたのよ?!殴ってやらなきゃ気が済まないわよ!!」


そう言って爆乳美女は男の人から私を奪い取ると、ムギュッと抱きしめてくれた。

再度、爆乳の谷間に顔が埋まる。

はぁ……女の私でもこれは天国だ……。


「怖かったよね~?!もう大丈夫だから!!」


ムギュッと抱きしめ、頭を撫でてくれる。

そこで急に私も今まで張り続けてきた気が緩んだ。

現実離れした事が起こって思考停止来ていたが、その言葉と労るように私を抱きしめ慰めてくれる言葉と腕に、私は全てが現実だったとやっと理解し、恐怖と惨めさで震えが止まらなくなった。


「………う……うぅ………。」


それがどういうものなのか言葉にはできなかった。

ただ何かが苦しくてとめどなく溢れてきて、私は爆乳美女の腕の中で唐突に涙を流し続けた。


遠くでパトカーなのだろうか?

少し聞き覚えのないサイレンがけたたましく鳴り響いていた。

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