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異世界バックヤード  作者: ポン酢
第一章
2/15

エキストラの苦悩

私がこの世界に来たのは2週間前。

大学のサークルの飲み会で、盛り上がった先輩や同期に進められ、断るに断れずに初めて吐くまで飲まされた日だった。


私は元々目立たないタイプで、私自身、目立たない様に生きてきた。

人前に立つこと、皆の中心になる事に憧れはあったが、あがり症の私にはそんな状況は恐怖でしかなく、過呼吸になりかねなかった。

だからそういったものを眺めながら、自分の心地よい距離とペースを守って生きてきた。

特別美人でもなかったし、秀でた体型でもなかったので、普通にしていればそんなに目立つ事もなかった。

ポジティブにもネガティブにも目立つ事のない、その他大勢。

誰の物語にもいるエキストラの一人だった。


そんな私だったが、友達が先輩目当てで入ったサークルに付き合いで入り、飲み会でとばっちりを受けた。


最高潮に盛り上がった飲み会。

私のように目立たない様に当たり障りなく参加していた数人は、それとなく片付けや潰れかけの人を介抱したり目立たぬよう帰らせたりしていた。

後、1時間ぐらいしたらそろそろ場の撤収に入るんだろうなぁなんて思い始めていた。


「れんげ~!飲んでる~?!」


そこに上機嫌な友人が絡んできた。

さっきまでお目当ての先輩の所に行っていたのに、どうしたんだろう?

いつもは飲み会が始まって移動してしまえば、そのまま先輩達と行動を共にして、私の事など思い出しもしないのに。

それが当たり前だったので、突然絡んできた友人に驚いてしまった。


「その子が友達のれんげちゃん?!」


そう言われ顔を向けると友人のお目当ての先輩と、さらに一つ上の先輩が一人、計男性2名が友人についてきていた。

私にくっついている友人の隣にその年上の先輩が座る。

耳元で、チッと小さな音。

私にひっついていた友人の舌打ちだ。


ああ、そういう事か。

私は納得した。


お目当ての先輩に引っついて回っていたら、先輩のいるグループの上の先輩に気に入られて困っているとこの前愚痴ってたっけ。

友人はケラケラ少し話した後、トイレに行くと言って席を立った。


つまりだ。

友人はこう言っている。


この男が邪魔だから、アンタ相手にしてよ。私がお目当ての先輩と上手く行くよう応援してくれるんでしょう?!って。


こういった事には慣れていない。

まだ、ランチの席ならそれとなく話を振って盛り上げてごまかせるが、酒の席である。

下手をすればこっちがマーライオンの末、生ける屍になりかねない。

かと言って何もしないでいれば、後で友人に何を言われるかわからない。

恋する乙女は手段を選ばないバーサーカーなのだ。

これで今日、お目当ての先輩とうまく行かないどころか何か嫌な思いでもしようものなら、腹いせに私の事を周りにある事ない事風潮して回る可能性は高い。


は~、気は進まないがある程度はやるしかない。

それをするかしないかに、私の平穏な学生生活がかかっているのだ。

上の先輩はトイレに行った友人の後を追おうかとソワソワしている。

ここで行かせたら、間違いなく血祭りにされるだろう。


「先輩、グラスの残りが残り少ないですけど、何か飲まれますか?」


「え……あ、そうだなぁ~。」


私に声をかけられ、席を立つタイミングを逃す。

それとなく上の先輩にメニューを渡して店員さんに声をかけた。

これで友人がトイレから帰ってきて、お目当ての先輩の隣に座る段取りは組めた。

後はあまり立ち入らず、それとなく場に合わせればいい。


ただこの先輩、格好つけてるのか本当に強いのか、かなり飲むから今日は撤収作業組からは外させて貰わないと。

私は自分がどれだけ飲めるのかわからなかったので、念の為にとカバンに忍ばせていた、キャ○ジンとウコンの錠剤をそれとなく取り出して飲んだ。

何?と聞かれても、美容のサプリメントといえば、基本男性には突っ込まれずに済む。


上の先輩はお酒が来て機嫌も良くなり、ちょっと「凄~い!お酒強いんですね~!!」と盛り上げたので、饒舌になっている。

後は友人が戻ってきて、お目当ての先輩の隣に座るだけ。

これで完璧に主人公の取り巻きに過ぎないエキストラの仕事は完遂した。


ところが思いもよらぬ事が起きた。



「れんげちゃんって、気遣いがさり気なくて何かいいね?」


「はいっ?!」



そう言って私の反対隣に移動してきたのは、友人のお目当ての先輩だ。

私が自分の仕事の完成度に満足していたというのに、なんて事を!!


その隣は?!その隣は……ギリ、一人座れる!!

よし!ギリセーフ!!

いや?!

でもその隣は壁!!

あんまり良くない!!


これでお目当ての先輩の隣に座ったとしても、もしも自分にお目当ての先輩が話を振ってこなかったら、孤立する位置!!

私は一気に高度な技術を必要とされる試練に突き落とされる。


友人は今どこに?!

さっとトイレのある方向に目を向けると、こちらに戻ってくるのが見えた。


タイムリミットは友人がこの場に来るその時まで!!

饒舌に語る先輩と何故か隣に来やがった友人お目当ての先輩の話に相槌を打ちながら、私は頭をフル回転させる。


こうなったら、今、私が座っている席に友人を座らせる事がベスト。

だから席を立つタイミング、そして何と言って立つかが重要になってくる。


咄嗟に考えられたセリフは2つ。

定番の「私もちょっとお手洗いに行ってきます」と「あ!奥の席にハンカチ落としたかも!!」だ。

ハンカチのセリフは不自然に感じるかもしれないが、トイレと言ってしまった場合、席を立ってトイレに行かねばならない。

そうすると友人を残す事になり、上の先輩の事も丸投げになるので後で噛みつかれかねない。

でもハンカチが、と言って奥の席に移動すれば、とりあえず丸投げは避けられる。

隅の席で様子を見て、平気そうだったら今度こそトイレと言って逃げればいい。


よし、それで行こう。

私は覚悟を決めた。


ちょうど友人がこちらの席ににこやかに戻ってくる。

にこやかだが、私の隣にお目当ての先輩がいる事に気づいて目が笑ってない。

私は冷や汗が出でゾッとしていた。

急いでカバンを漁る。


「……あれ?!前の席に私、ハンカチ忘れたかも?!」


そう言って立ち上がり、奥の席に向かおうとする。

タイミングはバッチリ。

立ちながらチラリと友人に目配せをすると、にっこり笑われた。

だがそんな私の手を、無情にも酔って上機嫌な上の先輩が掴む。


「いいじゃん!ハンカチぐらい!!ていうか、れんげちゃん全然飲んでなくね?!メニューどこ?!」


「いや!ちょっと、その……!!」


「先輩、メニューならここですよ?……あれ?れんげちゃんが座ってたのって、もしかしてここ??ハンカチあったよ!」


ブルータス!お前もかぁ~!!

爽やかに笑って、友人お目当ての先輩がメニューを上の先輩に渡しながら、誰のかわからないハンカチを私に渡してくれる。

友人の笑顔が凍りついている。


「れんげちゃん、俺が適当に頼むよ~。ガンガン飲んでな~!!みわちゃんもヒデもな!!」


先輩は上機嫌にそう言うと、店員さんを大声で呼び止めている。

その間、何故か友人お目当ての先輩の方から、早く座ればと言う無言の圧力を受ける。


何故?!なぜゆえ?!

もしかして先輩の方は友人NGなの?!そうなの?!


その時初めて、恐る恐る友人のお目当ての先輩の顔をまともに見た。

その爽やかな笑顔にははっきりと「あの子NG、何とか繕え」と書いてあった。

ヒェッと声が出そうになった。


酔って空気が読めない上の先輩。(友人目当て)

目当ての先輩に近づきたい友人。(ブリザード放出中)

爽やかに友人を避けるお目当ての先輩。(無言の圧)

そしてエキストラの私……。


無理だ、私にはこの極限を超える術が無い。



「……す、すみません、ハンカチも見つかったので、ちょっとトイレに……。」



ここはもう、逃げるしかない。

完全にキャパオーバーだ。

そそくさと逃げようとする私の腕を、非情にもお目当ての先輩が掴む。

その顔に書いてある。

自分だけ逃げようったってそうは行かねぇぞって……。


「あ、俺も行こうかな?!」


「え?!で、で、でしたらお先にどうぞ!!」


「やだなぁ、れんげちゃん。こう言うのは女の子が先でしょ?」


「いやいやいや!私まだ大丈夫ですし!!」


この友人がお熱の爽やか系イケメン先輩。

譲ってくれるというが、私が立ったら完全についてくる気だよね?!

何が悲しくて友人のお目当てさんと連れションせにゃならんの?!

このどうぞどうぞのやりとりに、ずもももも…と暗黒面を垂れ流す友人。

あ~もう、オワッタ…。

私の平穏な学生ライフはこれでオワッタ……。


「大丈夫なら、はい!!」


「え?!」


そしてさらなる追い打ちで、上の先輩がドンっと私の前にジョッキのサワーを置いた。

一応、女の子だからと気を使って飲みやすそうなサワーにしてくれたようだが、ジョッキって?!

友人も渡されたジョッキのサワーを片手に、お目当ての先輩の隣である隅の席に座り飲み始める。


待って……何?!この地獄絵図……。


キャパオーバーの次は、ゲームオーバーだ。

私は座らされ、ハイペースな上の先輩に合わせて飲まされる。

早いとこ逃げたいが、私が立とうとすると友人お目当ての先輩がなんだかんだ言ってついてこようとして友人の機嫌が悪くなる。

これ以上状況を悪化させないためには上の先輩の機嫌を取りながら話を弾ませ、友人お目当ての先輩とはあまり話さないようにしながら終了の合図があるまで何とかここに座り続けているしかない。


そんなこんなで私の記憶はそこまでしかなかった。


次に気づいた時は道の側溝に吐いていた。

その前もその前も、トイレやどこかで吐いていた朧気な記憶がある。


荷物は?!

大丈夫、持ってる。

お金もスマホも大丈夫。


何が体で変な所は?!

大丈夫、酔って吐いている以外は何ともないと思う。


カバンの中、いつ買ったのかわからないジャスミン茶のペットボトルが入っている。

とりあえずそれを飲んだ。

良くはわからないが、とにかく吐いている以外は問題ない事に感謝した。



「……て言うか、ここ……どこ……??」



そう。

その時にはもう、私はこの世界にいた。


電子文字が普通に宙に浮かび、飛び交う。

パソコンの中にでも入ったのかというくらい、きらびやかなサイバー空間的な都市、プラーシパルに。


飲み込んだばかりのお茶を側溝に吐き終え、私は夢でも見ているのかなぁとぼんやりと立っていた。

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