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異世界バックヤード  作者: ポン酢
第一章
12/15

世界の片隅で誰もか何も言わずに何かに寄り添っている

「経済状況的にも複雑よ、あの子。」


えびせんをを噛りながら、マーメイが受付のモニターを睨んで色々弄くり回している。


「どっかで聞いたと思ったのよ、この子のパパの名前。やっぱりね~。」


ブツブツ呟きながら、今度はあげ饅頭を口に咥えた。

う~ん、あのバリキャリスーツ姿のマーメイはやっぱり何かの見間違いだったのだろう……そんな気さえした。

両手でキーボードを操作していたせいで、齧った饅頭がぽとっと爆乳の上に落ちる。

しかし下に落ちる事はない。

あげ饅頭様は柔らかな乳の上に鎮座されている。


「~~~っ!!」


私は言葉にならない声を上げながら何とか堪えた。

あぁ、あげ饅頭になりたい……じゃなくて、あそこまで大きいと、机の上に安定した棚がもう一つできたみたいになるのね……。

そりゃ、受付に来たエロ親父たちがガン見するって……マーメイ……。

ちなみにユーゴさんは慣れているのか特に反応する事もなく、依頼用紙を眺めながらえびせんを齧っている。


ずっと思っていたのだが、しょっちゅう私に行きすぎた下ネタ言ってくる割にマーメイに対するこの無反応さは何なんだろう……?

力関係的にユーゴさん<マーメイなのはわかるけど、この見事な美しいムチムチ豊満ボディーを見て、こうも見事なスルーが続くと失礼ながら男性的機能は大丈夫だろうかと心配になる。

いや、マイノリティーの問題かもしれないから、そういう事は考えちゃ駄目だ。

私を下ネタでからかっては来るけど、本来のユーゴさんは女性に興味がない方なのかもしれない。

そう考えるとマーメイとユーゴさんの間にある「男の友情」みたいな私が入り込めない硬い絆がすんなり理解できる。


「で??なんやて??」


一人、色々な事が忙しく頭の中で展開されている私をよそに、ユーゴさんが聞いた。

ユーゴさんにとったらマーメイのおっぱい問題より、仕事の情報らしい。

私は一旦自分を落ち着けて、ちょうどお湯が湧いたのでお茶を入れた。

3人分入れて皆の前に置く。


「ありがと、レンゲ。……だからね、あの子のパパ、名刺の通り社長さんだけど、一度、倒産近くまで業績が落ちてるのよ。メッロンの大規模サイバー攻撃があった煽りよ。結構飛火したじゃない?関わりがあった企業の方にも入り込まれてるとかデータ盗まれてるとかデマが拡散して。」


「デマっつうか、一部は本当やったからな。したら似たよなところは全部疑われてもしゃぁないやろ。」


どうやら以前、どこかが大きなサイバー攻撃を受けて、そこと取引があった依頼者の父親の会社は信用問題が起こって、倒産しかけたらしい。

デジタル社会というのはそういう所があるから、思わぬところから突然追い詰められる事がある。


「……で、立て直した辺りで再婚してんのよ、パッパ。相手から考えて、再建に手を貸してるのは間違いないわ。ただ、それがきっかけで再婚した訳じゃなさそう。元々、そう言う予定で付き合いがあった相手みたいだから。業績が落ちる随分前から、お互いパートナーとしてパーティーに出てて、画像も確認できるし。」


「……だったとしても、子供としては複雑だよね……。」


「まぁな~。坊主は年齢的にも状況が見えていたやろから、それなりに納得してんのやろうけど……。」


「…………エルピス疾患症の妹か……しかも母親は同じ病で亡くなっている訳だし、母親が亡くなってからはずっと入院中で、自分の家が外でどんな事が起きてるかなんて見えないしね……。」


「年齢的にも母親恋しい盛りだっただろうし……。そこで時間が止まっていたところに再婚とか言われても……難しいよね……。時間が解決してくれる場合もあるけど、それならもう受け入れていてもいいはずだし……。」


今回の依頼、話をまとめるとこうなる。


依頼人の妹がエルピス疾患症と言う難病の手術を受ける。

大人になってから発症した場合は手の打ちようがほぼないのだが、成長期前の子供の場合、手術で持ち直す事ができる場合が多いらしい。

だが、そこには周りとの関係性が重要になってくる。

手術が成功しても本人がマイナスの感情を強く持っていたら、結局は上手く機能再開が起こらず、どんなにリハビリをしても治らないのだそうだ。


だから、義母と妹の溝を埋めてあげたい。

義母は献身的に妹を支えようとしてくれるが、妹はそれが受け入れられない。

実母が恋しくて、亡くなった事に加え病気の為、義母の存在が妹にとって絶望の対象ですらあるようなのだ。

兄である依頼人はそんな妹に寄り添っている。

妹の実母を愛する気持ちもわかる。

病気故に新しい環境に希望を感じられないのもわかる。

だが義母はとても良い人で、どれだけ妹を大切に思ってくれているかもずっと見てきた。

妹の為にやはり離婚しようと父親と喧嘩しているのも度々見ている。

だから、義母を母親として受け入れる必要はないけれど、絶望の対象ではないと伝えたい。

そういうものだった。


エルピス疾患症と言うのは別名「絶望病」と言うらしく、文字通り絶望してしまう病気だ。

メンタル疾患ではなく、脳内から幸福に関わるホルモン等の刺激物質が全くなくなり人工的にそれを体内に入れても反応しなくなるらしい。

ある意味、幸福を感じる脳の機能が失われると言っていい。

この世界で言う麻薬のオーバードーズを繰り返したり、データ快楽を違法値常に摂取し続けたり、人体の許容量を超えるデータに長時間さらされる等の生体サイバー攻撃を受けた後遺症として起こるらしい。


この世界はデジタル社会だ。

個人個人ですら、生体認証されデータとして管理されている。

そして生体とデジタルの距離も近い。

人々は生体認証登録がされている為、簡単な方法でそこに直接アクセスできる。

そりゃ、当然、安全対策もとられている。

人々が一般的にアクセスして自由に使えるのが「フェーズ1」、個人趣味で仲間内だけの様な広範囲ながらもある程度の制限が付く「フェーズ2」、企業と個人の取引等に使われる暗証コード付きの「フェーズ3」、企業の社外秘等を扱う「フェーズ4」、さらに機密を扱う「フェーズ5」、行政機密を扱う「フェーズ6」、国家機密になると「フェーズ7」といった具合だ。


アクセスする人の方にも端末に安全基準が法的に定められていて、私の世界で言うセキュリティーもしっかりしていないと販売許可であり所有許可が出ない。

他にも持ち歩ける携帯端末は「フェーズ3」までと決まっていたり、端末ごとに安全基準がとられているし、さらに個人個人や企業でセキュリティーを強化したりもしている。


まぁ、ネット社会進化版みたいな感じで私は捉えている。


ちなみに今日ユーゴさんと生体認証を確かめに街に出たのは、違法に取得した私の生体認証がどこまで確実に通用するかの確認だった。

ひとまず普通に生活する分には問題ない事は確実だと言っていた。

監視カメラやクーンの自動チェックも問題なく通過しているしユーゴさんのルブラで問題ないから、もしも警察等の政府機関にご厄介になる事があっても、私の生体認証が疑われる事はないそうだ。


ちなみにここの公的機関が所持している精密生体認証情報確認端末、通称ルブラは「フェーズ5」までで「フェーズ7」レベルまで確認できるらしいユーゴさんのルブラは違法ルブラなのだそうだ。

そもそもルブラを個人携帯している事自体、特殊な事情で登録されていない限り違法なのだけれども。

その辺はツッコまずに置こうと思う。


ただ気をつけないといけないのは、私の行動は常に「あの人達」に見られているという事だ。


ユーゴさんは公的機関どうこうより、そちらを心配している。

昔は「そちら側」だったと言うユーゴさん。

今は足抜けしてだらりと適当にインサイドクリエイターをしている彼が、どこの誰かもわからない私の生体認証を作ってくれと依頼してきた事で彼らは私に興味を持ったそうだ。

作る取引の際、一度、私を見せる事を絶対条件にされたのであんな事になったと後々マーメイが教えてくれた。

本当はマーメイも連れて来いと言われていた様だが、どうにか私だけ「短時間一度見せる」と言うところで落ち着いたようだった。

「見せる」だけだからユーゴさんは声を出すなと言ったのだ。

声もデータになるし、拾った声よりきちんと設備のある所で出した「生の声」はそれなりに価値があるものなのだそうだ。

だがユーゴさんが依頼をしてきた私が「商品」でも「色」でもない事を確認し、そこの場で見せた私とユーゴさんの反応から彼らの興味をさらにひいた。


私だけじゃない。

ユーゴさんもマーメイも、ここ「マーメイド」も、彼らはずっと見ている。


それは私が来る前からそうだった。

ユーゴさんもマーメイも、彼らにとったら興味のそそられる存在だからだ。

そこにさらに私が加わった事で、その関心は強まっただろう。

だからユーゴさんも神経質になっていて、彼らに接触する前にかなり色々いじくり回していたとマーメイが言っていた。


今だにここ「マーメイド」が、直接生体アクセスを使わず古臭いキーボード端末なんかを利用しているのは、設備導入するお金がないからじゃない。

直接生体アクセスをした場合の危険を避ける為だ。


彼らは私の世界で言えば、驚異的なハッカー集団みたいなものだ。

そこにどんなセキュリティーがあろうとゲーム感覚で入り込んでくる。

だから一番の安全対策は、サイバーフェーズに直接自分を繋がない事だ。

その分、不便になるが安全だ。

私としては元いた世界と変わらないので特に不便さは感じないが、ここの世界で生まれ育った人から見れば、この店のパッと見の設備は時代錯誤だと思われるだろう。


そういう面からいっても、「マーメイド」は三流インサイドビルドでいる必要があるのだ。


「……ま、ええや。」


「何が良いのよ??ユーゴ??」


ユーゴさんが、ぺしっと依頼内容書をデスクに置いて、そう言った。

難しい依頼である事から、マーメイが顔を顰める。

それをいつもの掴みどころのない顔でニヤッと笑った。


「ワイらの仕事は何や、マーメイ?」


「インサイドビルドよ??」


「せや、依頼人の希望に沿った話を作って売るんが仕事や。」


「そうだけど??」


「だったらこんなトコで話ししててもしゃぁないやろ?」


「……どういう意味よ??」


「ここは一つ、このインサイドクリエイターに任せやって事やねん。」


ニンマリ笑うユーゴさん。

私とマーメイは顔を見合わせる。

これは…どう判断すべきだろう??

でも最終的にはそうするしかないのが現実だ。


「……わかった。アンタに任せるわ。ユーゴ。でも私がGoって言わない限りは、依頼人には渡せないからね?!」


ここで社長判断が下る。

二人はニヤッと笑って拳を突き合わせた。

何かここに入り込む余地がなくて、何となく毎回妬ける……。


「見ときや、一発K.O.させてやるさかい。」


「言ったわね?!カウンターを覚悟しな?!」


「へいへい。」


妬けるけど何か好きなんだよね、この二人の関係。

本当、無二の相棒って感じで。

思わずふふふっと笑ってそれを見守る。


「と、言う訳でレンゲちゃん。疲れてへんかったら、レコードメモリーシステムに入ってくれへん??」


「今からですか?!」


「疲れとったら明日でええけど。」


突然話を振られ、びっくりする。

私は別に構わないのだが、そうするとユーゴさん、また徹夜するって事だよね??

でも、クリエイターが波に乗ってる時の方がいいのはよくわかる。

だから私は立ち上がった。


「大丈夫です。いけます。」


少しだけ、私もこの「マーメイド」の一員として必要とされている気がして嬉しかった。

マーメイがニコッとして片手を上げたのでパチンと打ち合わせる。


「ほな行くで。」


「はい!」


新しい世界は、とても複雑でダーティーな部分が色濃く存在している。

元の世界にはなかったものがたくさんある。

良い事も、悪い事もたくさんある。


でも何より、ここにしかないものがある。

どんなにたくさんの異世界があっても、ここにしかないもの。


インサイドビルド「マーメイド」。


私とマーメイとユーゴさんが働く、三流物語作成販売所。

ここが私の居場所なのだと、何かとてもしっくり心に馴染んでいた。

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