1.5話
これにて初期編が終わり
ようやく次回から話が進みます!
少々回りくどかったかな?
それも初心者らしさということで
よろしくお願いします!
───── 退院の日 ─────
一台の馬車が雨の中を駆ける。
仰々しい装飾、そして自分が何者であるかをデカデカと示す家紋は嫌な輝きを放っている。
「ようやく、愛しの姫君を我が手中に収めることができる。今日という日をどれだけ待ち望んだことか」
【マネー・ベレー】 マネー家の現当主
形式上はローズの夫に当たる。
顔立ちは可もなく不可のなくだが、
馬車に着けている装飾をそのまま衣服に付け直したかのような、品のない服装を好む人は少ないだろう。
「しかし坊ちゃん、本当に信じてよろしいのでしょうか。死者の蘇生など、もし事実であるならもっと公になっているはずなのに」
御者の男はマネー家に仕える執事。
幼い頃から身の回りを世話している敏腕で、今も身の回りの世話や厄介ごとの処理を担っている。
「死者の復活なんて、いざ望んでみると思い浮かばないものだぞ。実際に失うか、あるいはあらかじめ備えてでもしない限り、ナ」
「た、確かにそうかもしれませんが……」
「爺は心配が過ぎるのだよ。もっと彼という男を信じないと」
『ローズが待っている』
そうマネーは信じて疑わない。
彼の表情は非常ににこやかだ。
死んだ妻と再会できるのだから。
しかしその反面、
御者の執事の表情は暗い。
雨音に不安の篭った溜息を隠す。
「(ここまで来たら信じる他ない。もしあの小娘が死んだままだったり、胡散臭い医者が行方をくらましていたら……)腹の具合が悪い」
ストレスと雨の冷たさで腹が冷える。
腹に回復魔法をかけ、
誤魔化す日々が続いている。
そうこう話している内に目的の場所に着いた。
一際ボロく、縦に長い一軒家。
看板も貼られているが、この街では劣化が早い。
掠れていて元は何と書かれていたのか判別不明だ。
「着いたな」
「ええ、着いてしまいましたね」
「大丈夫だ! きっとあの男は、ローズを元の美しい姿に直してくれているはずだ。私が一目惚れした、あの麗しの姿にな」
「だといいのですが……」
元は綺麗な緑色をしていた扉も、
至る所がハゲて、幽霊屋敷さながら。
錆びたドアノッカーを手に取る。
ザラザラとした手触りで不快だ。
サッサと扉を叩き、来客を伝える。
「どうぞお入りください」
扉を開けるのが怖い。
ギギギと今にも壊れそうな音を立てる。
病院の中は独特な匂いが充満している。
主に薬品や消毒液などの匂いだが、
この世界では嗅ぎ慣れない香りである。
「ゲホッゲホ! 前にも思いましたが、ここは酷い匂いだ。いるだけで胸の辺りがムカムカします」
「なら爺は馬車で待っていればいい。妻を迎え入れるのは、夫である俺一人で十分だからな」
「そうは行きません坊ちゃん! 如何なる時、場所であろうと付き添うのが執事の矜持というもので……」
「問答は家の中か、一度外へ出てお話しください」
風で雨が部屋の中にまで侵入している。
結局、御者は馬車へと戻ることにした。
執事の矜持とやらは何処へやら。
「今日はローズさんのお出迎えで?」
「当然だ! それで私の妻は!? ローズは今どこに!!」
前のめりに迫り来るマネー。
ネイヴは手を前に出し静止を促す。
手にはカルテが握られている。
「その前に確認を」
「確認? 何の?」
「『アナタが最初にやってきた時にした質問』をもう一度照らし合わせるだけの簡単なモノ。それが終われば、すぐに奥様の元へご案内致しましょう」
「……ッチ。わかった。ただ早くしてくれ」
すぐに会えないとわかると、
露骨に険悪な態度をとってくる。
舌打ち、指遊び、貧乏ゆすり。
頭から爪先まで使い、
苛立ちを表現している。
「最初の質問は彼女を蘇らせたい理由について」
「ローズは俺の妻だ。それ以上に理由はない」
「偶然立ち寄った飲食店で起きた爆発事故。それにローズさんは巻き込まれ命を落とした。そんな彼女の死を認められず、ここを訪れたで宜しいか?」
マネーは頷く。
爆発事故に巻き込まれたローズ。
その夫であるマネーは妻の死を認めず、
事故の二日後にこの場所を訪れた。
「ありがとうございます。次に蘇生内容の確認ですが、ローズさんを完全に元の姿に戻すよう依頼されたと思いますが」
「そうだ。元の美しい姿にな」
「では何故『事故直前』の姿ではなく『2年前に画家に書かせた肖像画』を元に蘇生を依頼したのですか?」
ここを訪れた時、
マネーが所持していた物は大きく三つ。
『ローズの死体が入った袋』
『ローズの2年前の肖像画多数』
『金貨の入った大袋多数』
「あー、それはだな。……どうせ蘇るなら、少し若くしたほうがいいと考えたんだよ」
「たかだか2年前ですが」
「俺と彼女が出会ったのが2年前なんだよ。もういいだろ、この質問は!」
受け答えがしどろもどろ。
それに加え、苛立ちがさらに露骨に。
だがネイヴの姿勢は変わらない。
淡々と話を進める。
「ありがとうございます。次の質問はっ」
「ああ、そうか。そういうことか」
マネーは何かを察したかのように鼻で笑う。
「何をまどろっこしい質問をしているかと思えば。なんだ、そんなことなら遠回しにせず、直接言ってくれればいいものを」
ネイヴに近寄る。
ポケットに手を突っ込み、小袋を手に取る。
「金だろ? 金がもらえるかどうかで、こんな回りくどい質問をしていたんだろ? ホラ、ちゃんと依頼料分をきっちり持ってきた」
テーブルの上に出された袋。
中には金貨がぎっしり。
平民の基準で考えれば大金だ。
「……次の質問で最後です。あの日、ワタシが言った言葉を覚えていらっしゃるか?」
「言葉? ………………あー、なんか言ってた気がするな」
「あの日ワタシは、アナタにこう問いかけた」
【彼女を助ける為 貴方はどれだけの犠牲を払えるか】
【どれだけの犠牲が 彼女の死を覆すのに相当するとお思いか】
「あーそうだったそうだった! たしか依頼料の話だったよな? それで俺は金を提示して、アンタは承諾した。そうだろ?」
「依頼料、承諾。多少認識のズレがあるようですが、まあ大方は合っているのでいいでしょう」
ネイヴは一連の会話をカルテに書き写す。
それを終えると、
小袋を白衣のポッケに入れ、奥へと誘った。
「お待たせ致しました。こちらにローズさんがお待ちです」
その後の流れは最初の通りだ。
マネーは甦ったローズの姿を目の当たりにした。
元の美しい姿にもう一度会える。
そんな淡い期待を裏切った姿の彼女に。