帰るべき家:前編
───── 退院前日 ─────
ネイヴが扉を開けるなり、
性急な声質で質問が飛んできた。
「他の患者さんは、皆んな家に帰ったんですか?!」
「個人情報だ」
間は一切なかった。
あらかじめ予見していたかのように、至極真っ当な返答をした後、いつもの如く椅子へと座った。
「お早う、ローズ君」
「……おはよう、ゴザイマス。」
「会話に異常は見られない。コレなら、明日のマネー氏との面会も問題ないだろう」
ネイヴの手には、
朝食の果物が載ったトレイがある。
カルテは握られていない。
もはや必要のない物だからだ。
異世界の医者は、
我々の世界で云うヤミ医者に近い。
正式な手順や資格を持たない医者もどき。
彼らは金さえ払えば、治療を行なってはくれる。
しかしそこに責任や道徳は存在しない。
使えるモノなら、死体からでも人体に流用する。
ローズの身体は治った。
見た目は少々、以前とは変わってしまったが、それ以外はローズ・ロールには違いない。
仕事は終わった。
後はその日が来るまで過ごすだけ。
「ネイヴ先生、私よりその……またさっきの話に戻るんですけど。以前にここへ来た人の話、どうか話せる範囲でいいので話してはもらえない?」
「キミには帰る家がある。そしてその家の主人が明日、キミを迎えに来る。そんなキミが、何故他の患者を気にする」
「そ、それは……チテキコウキシン?」
「……まあいい。以前にも話したが、医者は回復術師が治せない怪我を治すのが仕事だ。だがそんな怪我を負う事は……多々あるが、殆どは死人の蘇生が主な仕事だ。依頼を受け→蘇生と場合によっては治療。コレが一連だ」
「その後は?!」
食い気味に身を寄せてくる。
ローズにとって重要なのはその部分。
始まりや過程などはどうでもいい。
『後日談』
それが何よりも知りたい部分だった。
「数日間の入院……つまりはこの病院に……この建物に泊まってもらい、異常がないかを確認する」
「その先です。身体は問題ない、心に異常もない。それがわかったら、次はどうするんです」
「それぞれの場所へ」
「それぞれの場所って……家ですか?」
「個人情報です」
「詳細を聞きたいわけじゃないんです。ただ私は、皆が皆『依頼人の元へと戻ったのか』それが聞きたいんです」
個人情報のギリギリのライン。
ハイかイイエで答えられる問い。
答えたとして、患者の居場所には辿り着けない。
ツッパネてもいい。
むしろ医者としてはそれが正しい行動。
「それを知ってどうする。キミには帰る家がある。それで不満か? キミを待っている家があるというのは、一見すれば素晴らしい事なのだが」
「あの家にワタシを待っている人なんて……!」
目を瞑ってしまう程の雷光。
思わず身を竦めてしまう雷鳴。
今の季節、珍しい気象現象。
まるでローズの感情に呼応しているかの様。
「……」
「……」
雨脚も強くなる。
例え今、悲鳴を上げたとしても聞こえない。
窓を叩く雨音はそれ程までに激しい。
「……十人の患者がいたとする。その十人の内七人は、目が覚めた自分の姿を見て自害する」
「!」
「何を驚いている。この感情は、キミ達患者が皆同じ様に抱く共通意識ではないのか?」
果物ナイフに視線がいく。
あの日、確かにローズは幾度も手に取り悩んだ。
そして死を決断するまでにも至った。
が、刃物が床に落ちてしまった。
固定された体では身動きが取れない。
今があるのは、流れだ。
死ねなかったから生きているに過ぎない。
「ローズ。キミは特に重症者だった。パッと思い浮かべか過去の患者十人の中で比較しても特別に酷い。彼らの傷は、手のひらに収まるくらいの死傷痕だったか」
「そんな、ッ!?」
ローズは今、
自分の口から出掛けた言葉を寸前で飲み込んだ。
『そのくらいで』
他者と比べて極めて重症。
それは事実。事実だが比較してはならない。
どちらも重症であり、
一度死んで甦ったことは同じ。
そこに違いはない。
「自殺、したんです」
もう一度、自分の口で再確認をした。
そして自分が今寝ているベッドに意識をいく。
自分の液も染み込んでいる。
最早それは自分の液か
過去の誰かが流した液なのか判別できない。
「有識者達からの知見によれば、ああいった死因の方が死ぬまでに時間がかかる。死ぬ寸前まで苦しみ、ようやく解放された。それが他人の都合で再び舞い戻り、その時を思い起こす。精神的にも不安定で、死傷の痛みを思い出した」
「恐怖……いえ、そんなありきたりな言葉じゃきっと言い表せない!」
「それだけじゃない。仮にその場を踏み留まったとして、果たしてその先に待つのは、途絶えた筈の希望とは限らない」
腕や足の無い人。
身体的な特徴が見て取れる人。
人はそういった人を無意識に注目する。
この異世界では更に輪をかける。
まるで腫れ物を触るような扱い。
異端視 迫害 軽蔑
そして最後には、孤独になる。