水
扉横、壁の隅に隠れている長い棒。
草木に隠されてはいるが、
何の変哲もない、ただの長い木の棒である。
常にここにおいてある。
ダリアはよくこの棒で遊んでいたりする。
だが本来、この棒の真価は屋敷の人間が長期間出払っている際に発揮される。
ダリアは水入りバケツを一旦置く。
棒を手に取り、玄関から離れて来客用の鈴を鳴らす。
すると玄関上の天井から桃色の煙が噴出された。
対来客用の罠、扉に触れた時点で作動する。
煙は睡眠、一嗅ぎで強烈な眠気を誘う。
「……どちら様でしょうか?」
少しの間の後、応接の声が聞こえる。
それは唯一屋敷に取り残されたローズの声だった。
「僕様だよ。開ーけーてー」
「執事長! 少し待っていてくださいね」
備え付けの鍵と鍵付きの錠前が二つ。
閂も三種類、出払いの時には刺している。
全てはネイヴも技術流出を防ぐ為の必要な労働。
とはいえ、車椅子のローズには少々重労働ではあるが。
「お待たせしまし、ェ!?」
「? 何、トンチンカンな声出して?」
「え、その人は誰です!!?」
「コレは……お土産?」
馬の背に垂れかかるアンジャという死体。
玄関先で同僚を迎え入れたつもりが、
別にお土産まで携えていれば驚きもする。
「何で自分でも分からない感じ何ですか……えっと確か、執事長はネイヴ先生の補佐役でしたよね。その絡みの人ですか?」
屋敷側の玄関横にはボードか吊られている。
そこには各人が何処へ出張っているかが記されている。
「ァーソウソウ、センセイのアレな感じです」
ダリアが独断で死体を無断で屋敷に連れ込んで来た。
捨て猫を拾って来るよりも対応に困る。
それは拾ってきた本人が一番理解している。
だからこそ、真実を話すのを躊躇い嘘をつく。
怒られる『かも』しれない。
子供は怒られるのが嫌いだ。
出来る事なら真実を話さずに、なあなあで事態が解決出来ないかと思っている。大概、その考えの時は後々痛い目を遭うのだが。
「本当ですか?」
「疑わないでよ〜……アハハ」
「じ〜……嘘はいけませんよ? 嘘ついたら針千本飲むんですからね?」
「と、とにかく僕様はセンセイから持って来るように言われた物があるから!!」
屋敷の中へと逃げ込む。
雨やら泥やらが床に散らばる。
バケツの水も走ると溢れる。
ローズの身体では追えない。
ただ溜息をついて、諦める他ない。
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二階を上がった左の通路。
通路横の扉を無視した突き当たりの扉。
そこを開くと石造りの螺旋階段が現れる。
外からの一才を遮断している。
なのに冷たい隙間風が体に触れる。
入り口に常備された光の魔石を使い降りていく。
時折、隙間から生えた苔に足を掬われそうになりながら。
目当ての水源へと辿り着く。
縦30m 横幅及び水深10mの石造りプール。
それ以外には専用の容器が置いてあるだけ。
容器はプラスチック製。
蓋はネジ式で持ち手も付いている。
「今回は一杯だけ」
水を汲む際にはルールがある。
難しいものではないが順序は厳守されている。
初めに専用の容器で水を汲む。
そして汲んだ分だけ、持ち込んだ水を流し入れる。
それだけである。
「(重いんだよなあ……)」
独り言は思うだけで呟かない。
音のないこの場所で声を発するのを避けた。
ダリアは存外、こういった怖さに弱かった。




