引き寄せる幸運
病院内における使用人の主な仕事。
それはネイヴの身の回りのお世話である。
食事の買い足し、衣服やシーツの洗濯。掃除に関しては本の雨濡れや危険な薬の存在がある為、ハタキを使用した簡単な事しかできず、病院でありながらもここは常に埃を被っている。
コレが依頼人が来るまでの仕事。
依頼人が到着した後は、更に別の仕事が加わる。
ダリアはそれを果たすべく、馬を走らせる。
馬の乗り方は執事長に任命された際に叩き込まれた。
馬は屋敷で飼っている二頭の馬の片割れ。
街が管理する厩舎小屋に泊めていた。
「イクッシ! ……イックシ!! イクシッ!!! 寒い……早く屋敷に戻って暖炉の火で温もりたい……」
ダリアの仕事は屋敷から『水』を汲んでくること。
今回はバケツ一杯分の水を汲んでくる様に言われた。
水に関する問いに、
ダリアは殆ど答えを持ち合わせていない。
彼自身、ネイヴがこの水に拘る理由を知らないからである。
しかしこの水が蘇生の秘密に関わっているのは間違いない。何故なら手術後、水を入れた容器は空になっているからである。それも一滴の水も残さずに。
「……」
頻りに馬を止めて辺りを見渡す。
重要機密を漏らさない為の細心の注意。
という名目で行っているが、普段はその様な殊勝な行動を取っていない。
誰に聞かれてるわけでもない。
あえて聞いている人がいるとすれば自分自身。
ダリアは自分自身に嘘をつき納得させていた。
「あっ居た!」
思わず嬉々とした声を上げる。
半分諦めていたからだ。
後片付けや馬の出し入れに時間を食った。
道標は雨に消され、何処へ行ったかも不明。
『彼女』に出会えるかどうかは運だった。
「ギャヒ? ギャアア!!」
「ギャッギャ!! ギャヒャヒィヤ!」
「クァァァ!!」
濡れ布のゴブリンの集団。
上等な雌を手に入れご満悦なご様子。
身を潜めようともせず、堂々と湿地帯を練り歩いている。
アンジャの髪を引っ張り運んでいる。
それに対して抵抗する様子を見せない。
引き摺られた泥の跡には赤い血が混じっている。
「数は四匹。だけどこっちも急ぎの様だから、速攻で決めちゃうよね!」
腰に巻いた小ぬいぐるみ二体を投げる。
ぬいぐるみ専門店『魔ぐるみ』の製品。
名前は大迷宮牛鬼のボンバー、一角獣のタイフー。
「ギィヒ!?」
「ギェギェ??」
投げたぬいぐるみに殺傷能力はない。
柔らかい感触も雨を吸って感触が嫌になる。
ゴブリンは警戒した。
一体が投げてきた物を拾い上げ確認する。
三体は投げつけてきた相手を牽制する。
「やっぱりあの人は運がいいや。……やっちゃえボンバータイフー!」
充分な水を吸った二体のぬいぐるみ。
それは徐々に肥大化していった。
一メートル弱、二メートル強、三メートル。
掌サイズだった筈が見る影もない。
拾い上げたゴブリンは潰されて踠いている。
他三匹もダリアへの視線を切り、異常事態に目を奪われている。
四メートルに差し掛かった。
肥大化した大迷宮牛鬼と一角獣は、風船を針で刺したかの様に、黄色と桃色の単色を噴出し始めた。
「ギャヒャ!!?」
「ギュエ??!」
辺り一面、鮮やかな黄と桃が充満する。
ダリアは魔ぐるみ製品を敬愛している。
愛玩として名前や性格まで決めている。
思い入れも深く、全ての商品を三つずつ買い揃え、新商品の情報を情報屋から定期購入している程である。
魔ぐるみ製品の特徴は魔物のぬいぐるみである事。
そして水を吸うと大きく膨れ上がる点にある。
ダリアの物は改造され、限界を越え肥大化している上に、中には薬の核が埋め込まれており、水に触れると霧状化してする性質がある。今回は『黄色い異臭』と『桃の睡眠』の核が内蔵されている。
「ギェエエエエ!!!?」
「ギャギャアギャ!!」
「ヒギヒ……ヒギャフガ!!? フガヒ……ヒィ……」
睡眠だけでもよかった。
異臭は単なる嫌がらせ。
獣の糞を鼻に突っ込まれた香りが充満する。
ダリアは馬と共に離れた場所で待機。
雨の中で煙は長生きできない。
十分弱で濃い煙は霧散する。
ぬいぐるみはちゃんと回収する。
素材が頑丈で弛まないのもお気に入りの理由だ。
だがこの場所に地域に置いていれば、永遠に水を吸って肥大化し、今度は核もない為、破裂して壊れてしまう。
「ちょんちょん」
煙の真ん中にいたアンジャ。
だがその表情は異臭で歪んでいない。
合流するよりも前に息絶えていた。
「んーやっぱ死んでるか。死んでるとは思って、二人を投げたんだけど。……」
ダリアはまた自分を偽り始めた。
「ここで置いていったら薄情だよな〜。そもそもここでまた再開できたのは、完璧な運な訳だし。きっとセンセイがこの人の事を心残りに思っていたから、こうして僕様に巡り合わせたんだなきっと! じゃあ仕方ないよなあ。『屋敷に連れて帰ろう』!」
誰に聞かせる言い訳でもない。
言い訳も憶測ばかりで理にかなっていない。
後で聞かれて説明すれば、怒られるのは必至。
だがダリアは衝動に従う。
やりたい事をやる。
それが例え後々怒られる事でもやってしまう。
「重い……やっぱり置いて帰ろうかな」
口ではそう言うがその気は一切ない。
コレもやはり免罪符のつもりで言っている。
途中で馬を寄せた方が早いことに気付いた。
申し訳無さそうに、彼女の鉄を剥ぐ。
籠手、足甲、持ち物は殆ど無かったが、内側にしまっていたネックレスリングは外さずに残した。
馬とアンジャを縛る紐はない。
ダリアが前のめりの体勢になり、馬との間にアンジャの身体を挟み込む他、手段が思い浮かばない。
「全く、運がいいやこの人は」
何度でも言う。
自分の本音を偽る為に。