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異世界に医者はいらない  作者: 技兎
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解毒


 必要なのは清潔な布とメス。

 清潔な器を複数とありったけの解毒薬。


 初めに毒を摂取した患者に傷を付ける。

 傷は血が流れる程度が目安。

 流れ出た血か(ある)いは別の手段で血を患者から採取する。今回は注射器で血を採取。


 抜き取った血を解毒薬に浸す。

 一滴、たった一滴だけで十分である。

 数分後、血の浸った解毒薬を傷口の上に塗る。


 回復魔法を唱えて結果を判別する。

 塗った血が傷口に戻れば解毒薬の種類が適合している。戻らなければ血を拭き取り、別の解毒薬で同様の手段を試す。


 医学も医科学も存在しない異世界。

 現時点で唯一これだけが、

 死者たらしめた毒の種類を判読する手段である。


()ずは市販品」


 地道な作業を迅速に行う必要がある。

 死体は腐敗するのは自然の摂理。

 そして一定まで腐敗が進行すると、死体は回復魔法を受け付けなくなり、毒の種類が判別不可能になる。


 待機時間を含めても数分で終わる。

 だが調べる解毒薬の種類は数千種存在する。

 そしてここに無い解毒薬も何万種類と存在する。


「(死後硬直に関する文献を調べ直す必要があるな。それなら、この子が死後何時間経過したかの目安に出来た)」


「(あの鎧に描かれた紋様。アレは有名な騎士団の証だった。あの国とここまでの距離を時間で測れば。いや駄目だ。あの様子からして途中の妨害を受けている。あの鎧も緊急時で着用しただけかもしれない。現役を退き、遠くの街で暮らしてる可能性もある)」


 単純作業の最中に頭を働かせる。

 最も効率よく、患者を助ける方法を模索する。

 自らに常に疑問を(てい)し続ける。


 既に数十種類を試したが効果は無し。

 一般に入手できる毒薬ではない。


「(何故毒殺を選択した? 小さい子供であれば道具を使わずとも殺せるはず。何故、時間と金が掛かる毒を選んだ?)」


「(苦しませるため。あの女性への復讐心から起こした行動。であれば即死性ではなく、即効性で苦しみが強い蟲毒(ムシドク)の可能性が高いか)」


 初めは乱雑に、次第に優先順位を定めていく。

 見た目からわかる情報から毒の種類を見定める。

 唇の色、肌艶、発疹(ほっしん)が浮き出ていないかどうか。


 しかし患者の状態に目立った異常が見受けられない。

 まるで生きているかのようだった。

 ただ息をしていないだけの健康体。

 そう言っても相違ない状態なのだ。


 蟲や魚といった生物毒の可能性を探る。

 生物毒の解毒剤は数が限られ、未所持品も多い。

 そして更に数百種を無駄にした。


「まさか……」


 一抹の疑問、解答、不安が()ぎる。

 苦し紛れの思考かもしれない。

 だがその思考はネイヴにとって重要な疑問だった。


 解毒薬調査の手を一旦止める。

 再度、患者の容態を確認し始める。


 死因の究明ではない。

 患者自身を知る為の検査である。

 腕や足の動作を確認する。

 耳腔(じこう)咥内(こうない)、眼球を調べる。


 そして疑問に解答を得た。

 ネイヴは本棚から一冊の本を手に取る。

 頭に叩き込んだ本の内容、目的のページは目次を見ずともすぐさま示し合わせられる。


「……上段の一番奥の角にある薬か」


 『上段の一番奥の角にある薬』

 それは最も手が届きにくい薬。

 主に手には入り辛い貴重薬が置かれている。


 この薬だけは瓶詰めで錠剤だった。

 砕いて粉状にする手間が掛かるが手順は同じ。

 血を垂らし、傷口に塗り、回復魔法を唱える。

 すると血は傷口から人体へと戻っていった。


「……」


 椅子に腰掛け、熱い息を吐く。

 時間と薬を無駄にせず終わった。

 患者は助かる、依頼を達成できる。

 喜ぶべき状況に、ネイヴの表情は曇っていた。


「……悲劇の繰り返しか」


 机に肘をつけ、目頭を親指で押し付けた。

 そうして暫くの間、

 その態勢からピクリとも動かなくなった。


 ぶつぶつと小言を話している。

 それらは全て謝罪の言葉だった。

 時折、何かに怒りを示す様に机に拳を落とした。


 病院の扉が開いた。


「       」


「……ああキミか。こんな所にまで来てどうしたんだい」


「   」


「心配はいらない。この赤ん坊は助かる。後は執事長を待つだけだ」


「        」


「不安? 一体何が不安だと言うんだい」


「」


「黙ってないで何か言ってくれ」


「」


「ワタシは二度も同じ後悔をする気はない。言いたいことがあるならはっきり言ってくれ! 手術が不安なのか? それとも確立した蘇生方法に不満があるのか!?」


「」


「何故何も言わない……」


「」


「そんな目でワタシを見るな。見ないでくれ! ワタシは二度も同じ後悔はしない。約束する……! キミの事だって(いず)れ……!」


 扉の付け根が脆く崩れる。

 雨と数が勢いよく病院の中へ。

 山積みの資料が風に舞い上がる。


「待ってくれ! 違う!! 今のは、違うんだ!」


 ネイヴは椅子から立ち上がる。

 入り口へと向かおうとした。

 だが滑り込んできた資料に転んでしまう。


「待ってくれ……行かないでくれ……何が言いたかった……? どうすれば良かったんだ……? ワタシは、あの時……どうすればキミを……」


 誰もいない病院でただ一人。

 ネイヴは床に突っ伏して苦しむ。


 存在しない誰かと会話をし続けた。

 存在しない何かに謝罪し続けた。

 存在した過去に毒され続けている。


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