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異世界に医者はいらない  作者: 技兎
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アンハッピーバースデー


 雨粒が銃弾の様に重く降り注ぐ。

 周りの街灯が消されている。

 この街はコレから夜に成る。


「……」


 アンジャは歩き始めた。

 ローブを着直す余裕はなく上から被る。

 利き手は腹を抑え、もう片方はローブを握り締める。

 自分の身体と壁との間に(ひじ)を差し込む。

 血が付着しない様、出来得る努力を懸命にこなしてる。


 いつ死んでもおかしくない、ではない。

 今この場で死んでいないのがおかしい。


 アンジャは精神力のみで死に体に鞭を入れている。

 寄り付く死の甘い誘惑を払いのけ、死を先延ばす苦しみを選ぶには理由がある。それは、彼女の使命だからだ。


「(離れ、なくチャ……イシャさんに……迷惑、掛かラなイ様に。……あの愛娘()が……私の子供だと知られない、為に……!)」


 最後に果たす使命。

 それは彼女がこの街に来た痕跡を消す事。

 血の一滴すらも、本当は残したくはない。

 腹から流れる血に関しては、この土地の異常気象が洗い流してくれるのを祈るしか出来ない。


「ッ! ……ンウッ!!」


 地面に倒れ込みそうになる。

 咄嗟に膝で踏ん張る。

 が、今度は膝から先が動かない。


 己の膝を強く殴る。

 何度も何度も、動くまで何度も殴る。


 ジンジンと響きだけは感じる。

 痛みは、致命傷に隠れて感じない。

 そしてまた、歩き始めた。


「……明、日は……晴れて、散歩に、行っコう……♪ 雨なラ、お家で……遊ぼう、ネ♪ 家族、皆んなで……一緒、ニ……♪」


 彼女は子守唄を唄った。

 か細く、雨音に呑まれる程に力のない声で。

 愛する我が子に向けて唄った。


 混濁する意識の中で記憶が巡る。

 死の間際に投影されるアンジャの走馬灯。

 最初は出来の良い、最後の後味は最悪なヒューマン映画。


 それを彼女は映画館でただ一人視聴している。


 〜〜〜〜 〜〜〜〜 〜〜〜〜 〜〜〜〜


 家族が大好きな子供時代。

 家族との時間が何より幸せな幼少期。

 家事手伝いを率先し、仕事帰りの父の肩をよく揉んだ。


『お手伝いありがとう。私の子供の頃よりずっと利口だよ』


『いつもありがとな。ホラ、お土産買ってきたぞ!』


「喜ぶ顔が見たかった。家族が幸せなら、私も笑顔になれるから」


 国の為に従属し続けた騎士であり続けた。

 戦時は誰よりも勇敢に前線に赴いた。

 戦後には敵味方関係なく(うれ)い涙を流した。


『手助け、感謝します隊長! さあ共に敵を蹴散らしましょう!!』


『向いてないよお前。確かに強いけどさ、一々殺した敵に泣いてるようじゃ、騎士なんて務まらないよ。彼氏でも見つけて、さっさと寿退社しな』


「人殺しの私に出来るのは祈る事だけだった。祈る事で、私は自分の行いを正当化したかったんだと思う。だけど納得できない内側の私が泣いて『止めて』と叫んだ」


 一人の夫を最期まで愛し続けた良妻賢母だった。

 親友が恋人に変わるのには時間がかかった。

 奥手な夫が勇気を振り絞り、勇ましい彼女は慎ましく手を取った。


『けっっけけけけ! 結婚して下さい!!!』


『! はっハイ!!!』


「好きとか嫌いとかじゃないの。ただ、一緒にいると安心する。きっとこの感情は、他のどの男性にも代えられない。彼が告白した時は驚いたな。だって、いつも私に庇われてたんだもの。そんな彼に先手を取られたのは、後にも先にもこの日だけだったわ」


 二人の間に新しい家族が誕生した。

 可愛らしい女の子。

 いい歳の大人が二人して涙を流した。


『良ガッっダよお!! 二人ドボ無事でェ!』


『泣き過ぎよ全く……こっちに感染るじゃない……』


「順風満帆な人生を送ってきたと自負してる。貰えきれないくらい、一杯幸福をもらった。家族から、仲間から、旦那から。そして……あの愛娘()から」


 人間の人生はお返しの連続である。

 他者を幸せにしたいと行動すれば、それは必ず自分の元へと返ってくる。逆に貶めようとすれば、簡単に不幸に転じる。


 だが彼女の人生に『罪』はない。

 少なくとも悲劇で幕引きされる事はしていない。

 だが【神様】は、そんな善良な家族を罪人として裁いた。


 〜〜〜〜 〜〜〜〜 〜〜〜〜 〜〜〜〜


【悪魔の子供を渡しなさい】


「黙れ! この子は悪魔の子なんかじゃない。私の子供だ!!」


【悪しき母体よ 罪を重ねる事を愚かと知りなさい】


「子供を守らない親の方がよっぽど愚かだ!!!」


【何故抵抗するのです】


「何で私達の家族を壊した!!!!!」


 白装束の集団が絶えず襲いかかってくる。

 彼らが何者かは分からない。

 だが目的が愛娘(あかんぼう)で、一才の容赦をしない。


 一切の誕生日会の最中だった。

 騎士の仕事で帰りが遅くなったアンジャ。

 急いで返った家を見た時、血の気を引いた。


 割れた窓から飛び出しているのは夫の母親。

 入り口で背中を切られて倒れ込んでいるのは母親。

 そして聞こえてくる夫の叫び声。

 部屋に入るとケーキを下敷きに倒れた夫の父親。

 アンジャの父は包丁片手に抵抗したが返り討ちにあった。


 困惑する脳内に立ち惚けるアンジャ。

 その時、赤ん坊の声が二階の子供部屋から聞こえ、一目散に現場へと急行した。


【早かった だが 遅かった】


 白装束の連中は赤ん坊に粉を呑ませていた。

 その近くには夫が斬り刻まれ倒れている。


 そこからの記憶は曖昧だった。

 無我夢中に連中を殺し殺し殺し取り返した。

 我が子が息絶えている事に気付かず、迫り来る連中を斬って斬って斬り続けた。家族の死体に悲しむ暇もなく、その場から逃げ出す他なかった。


 何時間と逃亡戦を繰り広げた。

 そしてようやく、敵の進行が止まった。

 現役を退き、事務職に転じたアンジャの腕は錆びついていた。

 油断から死中の抵抗を受け、腹にナイフを突き刺される。


「……何で、私達がッ!」


 疑問で頭を悩ませる暇はなかった。

 腹に刺さったナイフは抜かない。

 抜けば、血が出て死が早まる。

 戦場で得た知識が(つか)を握った瞬間に思い出す。


 白装束の懐から金品を漁り奪う。

 連中が乗っていた馬に(またが)りラグーンを目指した。

 死者を蘇らせる医者の存在を戦場でよく耳にした。


「(こんな、こんな理不尽な死で。この子の人生を終わらせていいはずがない!!)」


 ラグーンまでの道のりは数時間かかる。

 普通であれば、その道中で無念に死んでいる。

 アンジャは必死に回復魔法で延命し続けた。


 全ては我が子の死を覆す為。

 その為なら、自分の命を差し出しても構わない。

 そんな覚悟で数時間の道のりを耐え忍んで見せた。


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