無価値
ネイヴへの仕事依頼方法は二つある。
一つ目は病院前に設置されたポストへの投函。
七日に一度、執事長かメイド長が確認に訪れる。
もし次の日に投函し、次の日に仕事を依頼したならば、依頼人は訪れることの無いネイヴを死体と共に待ちぼうける羽目になる。
最も主な仕事の依頼方法。
しかしそれを利用した不都合も度々起こる。
直前で考え直し一方的に反故したのか。
以前請け負った依頼人の細やかな仕返しか。
あるいはこの最中に屋敷を襲撃する算段か。
依頼人が来ないことが度々起こる。
ネイヴが一年を通して請け負う依頼の数は零か一。
しかし受注して依頼人が現れなかった数を足すと、一月に二件は依頼を受注している。
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「……良かったな執事長、仕事だ」
古ドアの錆びついた音。
すかざす入り込む雨と風。
そして立ち尽くすローブ姿の誰か。
「死者を蘇らせられる、イシャという御仁で間違いないだろうぁ……?」
女性の声、フードからチラリと見える白い髪。
彼女はこの場では名前を明かさなかった。
仮称としてネイヴは彼女を『アンジャ』とした。
アンジャはネイヴにまで歩み寄る。
歩く度、鉄の音が頻りに聞こえる。
甲冑の兵士がよく鳴らす音。
「(替え玉か、あるいは本物の……)」
「どうぞお掛けください」
ダリアは椅子を掃いて促す。
彼女は一瞬、視線を送った。
それは椅子にではなく、ダリアに対して。
「ありがとう……だが遠慮させてもらうよボク」
手甲で頭を優しく撫でられる。
鉄の硬さを感じさせない柔らかな触り方。
そしてフードから見える彼女の顔はとても穏やかで、悲しげな表情をしていた。
「……『事前の連絡もなく』突然の来訪。失礼は承知と知った上でどうか……どうか私の話を聞いていただけないでしょうか」
会話を始める前、アンジャは構えを取った。
足を閉じ、右手を胸に左手は真っ直ぐ下に向ける。
単なる礼儀正しい構えにも思えるが、彼女は内側に甲冑を着ている。つまりそれは騎士が目上の相手に敬意を示す際に取る行動だとネイヴは理解した。
「……話を聞こう」
アンジャは依頼人では無い。
少なくとも手紙を出したのは彼女では無い。
手紙の人物であればまず、手紙を言葉の中に含める。
『事前の連絡もなく』等とは言わない。
彼女は別件の依頼人。
運良く直談判で依頼をしてきた客人である。
もう一つの依頼の方法は直。
ネイヴが病院にいる際に直接依頼をする。
屋敷は身内以外の来客を禁じている。
病院には在宅しておらず、今日の様な別件の依頼を待っている時でしか直に会うことが出来ない。
「感謝する……」
アンジャはローブから二つを取り出した。
一つは依頼料。
袋は魔物の皮で作った頑丈な作り。
入り口の紐で閉められない程に、中に宝石や高価な装飾品の数々を敷き詰めている。結果、袋の中で互いを傷つけあって、価値を著しく下げてしまっている。
二つ目は患者。
白く柔らか毛布の中で包まれた赤ん坊。
生後一年程度の、新しい生命が途絶えていた。
外傷は見当たらず、口元に血の跡が付着している。
「……」
「この子を助けて下さい……! この子だけが、今の私を支える唯一の希望なので、ッ!!」
この場にいる誰も何もしていない。
ただアンジャは気持ちを昂らせ力んだ。
そして突然机に倒れ込んだ。
「大丈夫ですか!?」
「だい……丈夫です」
水音が聞こえた。
雨に濡れた彼女から発せられるポツポツ音ではない。
何かが勢いよく流れる水流の音。
駆け寄ったダリアはその音の正体を知った。
アンジャの何処からかはわからないが、身体に怪我を負っている。それも大きい、血が流れて溢れる程の怪我を。
「その怪がっ……!?」
アンジャはダリアの口を手で覆った。
顔から汗が吹き出している。
横顔を見た時、激痛で顔を歪めていた。
息を整え、一度深く上体を埋めた。
次に見た彼女の横顔は、まるで何事もない様子だった。
「申し訳ない。立ちくらみが……それが今、私が持っている全財産です」
異常な発汗、充満する新鮮な血の香りと暖。
女騎士という名誉ある立場と外傷の無い赤ん坊。
退っ引きならない事情があるのは一目で分かる。
普通なら事情も聞かず、助けるのだろう。
それが真っ当な医者の対応の筈。
損得よりもまず、患者の安否を気にかける。
そうするのが普通なのだろう。
「それで足りないなら……」
【この子を助ける為 貴方はどれだけの犠牲を払える】
ネイヴは問いかけた。
【どれだけの犠牲が 我が子の死を覆すのに相当するとお思いだ】
ネイヴは気高くも尊くもない。
独善的で、己の感情を優先するヤブ医者以下。
気に入らなければ不完全な蘇生すら厭わない。
例え患者が傷つこうと関係ない。
「……噂、通りだ」
彼女は机に倒れた身体を起き上がらせる。
力みが強くなった分、血は太く流れる。
「全財産を手放した今、私個人には何の価値もない。だが、私はこの子の親だ。この子が助かるのなら……」
一歩、二歩後ろに下がる。
手に抱いた赤ん坊の前髪を整える。
我が子を慈しみを持って見つめる。
「この子を……抱いて下さいますか?」
そうお願いされれば断れない。
ダリアは赤ん坊を受け取った。
アンジャはローブを脱ぎ素性を晒す。
白銀の髪の毛が電灯の下に晒される。
国の所属、何処の騎士団か証で判断できる。
顔には傷が散見された。
数時間以内に負った火傷や生傷。
そして腹部部分に染み出した血痕。
身体をピクリとだって動かしたくは無い筈だ。
だが彼女は犠牲を、『覚悟』を見せる必要があった。
【我が身 我が全てを 御身に捧げます】
【御身を危険に晒す一切を排する剣と化ましょう】
【御身に降りかかる魔を拒絶する盾と化ましょう】
【私は 御身に支える騎士で在り続ける事を誓います】
右手を胸に添え、片膝を折り、左手を膝上に置く。
騎士が目上の相手に捧げる最大の敬意の構え。
そしてアンジャが語った言葉は『騎士の忠誠』
本来は『御身』が『祖国』であるのが正しい。
騎士が王の御前で国への忠誠に使う際の言葉。
それを得体の知れない医者に使った。
騎士として最も愚かで許されざる行為。
しかしそれが彼女が今示せる【覚悟】だった。
「ッ」
血が足を伝い流れる。
けれど構えを解かない。
忠誠を示した相手が何かしらの反応を見せるまで。
否、首を縦に振るまで。承諾を得るまで止めない。
「(同意を得られないのなら、私は……!)」
「……死にかけの騎士の忠誠に何の価値があるのか」
「!!」
この行為に何の価値がある。
死にかけの騎士の誓いは感動的だがそれだけ。
教会や権力者の立ち合いもない不完全な場所。
後からどうとでも理由をつけ嘘をつける状況。
そんな所で執り行われる忠誠に価値はあるのか。
「無価値で。いや寧ろ危険ですらある裏切り者の忠誠なんてモノは、近くにあるだけ厄介ゴトを招き入れる」
「(コレは依頼結果云々以前に、依頼は受けない感じかなあ? センセイが好きそうな依頼人だけど)」
「……受けて、頂けないのですか」
不安が彼女の気高さをぐらつかせる。
込み上げる血溜まりが歯の間から漏れ出る。
目眩で倒れ込みそうになる。
「……アナタの忠誠は要りません。が、分かりました。その御依頼、お受けいたしましょう」
「!!?」
「(ホラやっぱり受けた)」
「本当でフかッ!」
溜まった血を一気に口から発射。
床に面した机の板が赤く濡れる。
「本当です。ご期待に添えられる様、尽力させて頂きます」
「嗚呼……ありがとうございます……!」
「序でにアナタ様も治療して差し上げましょうか? 勿論、依頼料は増額しますがね」
「へー、良かったねお母さん。随分とセンセイに気に入られたみたいだ。普段ならこんな事、自分の口からは絶対言わないんだから」
気にいるか否か。
それだけで態度も手術の結果も変わる。
ネイヴが露骨に好意を示すのは珍しい。
「……嬉しいご提案ですが、私にはまだ、やらなければならないことがあります」
アンジャは一拍置いて、提案を拒否した。
立ち上がる際、また血が太く流れ出る。
横の棚にもたれ掛かりそうになる。
が、最後まで己の足腰のみで立ち上がってみせた。
「え、何で!? その傷じゃもうっ」
「執事長」
「だって……」
ネイヴは立ち上がり、
ダリアが抱える赤ん坊を受け取った。
「可愛らしい赤ん坊だ。母親に似て、幼くも気高さを秘めている」
「……性格は、私なんかに似てほしクハない、ですね。おおらかで、優シク……」
傷口が裂け始める。
流れ出る血の量は既に失神してもおかしくはない。
呑気に赤ん坊を愛でている場合ではない。
そうダリアは言ってやりたかった。
「どうぞ」
ネイヴは赤ん坊をアンジャに手渡す。
「……」
彼女はその行動に感情を示さなかった。
示すだけの気力が欠け始めていた。
霞んだ目でよくは見えない。
遠のく聴覚はネイヴの言葉を受信しない。
だが、アンジャは赤ん坊を受け取った。
しっかりと赤ん坊を腕に乗せた。
震えていた体がこの一瞬だけは止まっている。
「……元気で、イて」
たった一言を我が子に残した。
ゆっくりと噛み締める様に赤ん坊を差し出す。
ネイヴにではない。霞んだ目と揺らぐ意識に、周りの景色を確立できずにいる。
アンジャは出口へと向かった。
千鳥足で、血を腹から吐き出しながら。
「一ヶ月後、お待ちしております!」
ネイヴは声を張り上げ伝えた。
ドアノブを握った手を一瞬だけ止め、
震えかどうか判別不能な頷きを返した。
そしてアンジャは、雨降る街の中へと戻って行く。




