お買い上げありがとう御座います
「お買い上げありがとう御座イ」
金樹は頭を下げる。
それに倣後ろの護衛の頭を下げる。
「再度確認をば。お支払いの方は後日、ラグーンの中央広場に店を構える『アマヨケ』。分割支払いではなく、その場で一括支払い」
「そういう話になりますね」
メイド長が話を受けている。
手には借用書を握っている。
「ありがとう御座イ。ネイヴ先生には謝罪のお言葉をお伝え願います。そして可能であるなら、今後とも友好的であり続けていたいという自分達の想いもお伝え願いますよう、お願い致します」
より一層、深々と頭を下げる。
金樹は一行に様々な贈り物を用意した。
茶菓子や高価な日用品なども揃えられているが、入手困難な薬草や異種族の解体書といった、所謂ネイヴを喜ばせる品々が多く見受けられた。
「金樹様、馬車の連結が完了いたしました」
「おおそうか。出来れば今日一日、この街でお泊まり願いたかったのですが……」
「ええ、私共もそのつもりでいました。ですが……あの娘ったら」
二人から少し離れた所、
いかにも腹の居心地が悪そうなガラプがいた。
そしてその近くには双のオーナーも。
メイクは落とさず、仕事モードのままだ。
「ガラプちゃあん、次の試合組んでよ〜」
「だーかーら、俺は暇つぶしで登録しただけだっつの。それにここに来んのダルい」
「そう言わずにさ! 日付さえ言ってくれれば、こっちで馬車は手配するから!」
「しつこい!!」
ガラプの苛立ちはオーナーに対してでは無い。
あえて対象を取るなら自分自身に対しての怒りだった。
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音速を殺したヴァルゴ渾身の斬り上げ。
ほんの少しのかすり傷で毒が巡る一角獣の主力。
対するガラプは無防備この上なかった。
野生のカンで放たれた拳は空を打った。
伸び切った利き腕、予想外からの攻撃、ガラプの守りは最も低下していた。
「ブルゥゥ!!!!」
ヴァルゴが斬り上げた向きはガラプの左脇下。
そしてガラプが放った利き腕は右。
「ッ!!!」
苦し紛れで放った左の正拳突き。
腰の入っていない半端な威力の拳。
強度のある一角獣の角を折るには不十分。
しかし最初のGSと音速を殺すために角をブレーキ代わりに使ったのが災いした。
角は折れた。
悪足掻きの半端な拳でポッキリと。
折れた根本部分は皮膚にすら届かず空を切った。
「……」
ヴァルゴは殺意そのままに倒れ込み試合は決着。
係員の介入により試合は一歩的に切られた。
角のブレーキとは別に前脚でもブレーキを踏んでいた。
全体重に速度が加わった過重に耐えきれず、ヴァルゴの脚は紫色に腫れ上がり、骨は折れ、皮膚を貫いていた。
会場は盛り上がっていた。
何が起こったか誰にも視認できなかったが、
それでも『何か壮絶な戦いを繰り広げた』という曖昧な感想に熱狂してくれた。
だがガラプの胸中には、
同色多様な感情が巡っていた。
予想外、不完全燃焼、戦う意識。
駄々をこねる子供のような感情。
その中に勝利の喜びはなく、目の前に群がる係員を蹴散らしてトドメを刺したい気持ちが充満した。そして『してはならない』という平和ボケの感情も同時に充満していた。
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「(ネイヴだ。ネイヴにコイツを治してもらう。アイツなら馬だろうがなんだろうが治せるだろ! そんでもって決着をつける。殺す云々はともかく、納得のいく決着をだ!)」
「ねーガラプちゃああああん???」
「そこまでにしておきなさいオーナー。自分の客人を困らせないでくれ」
「わ、わかりました……」
「期待の新人と闘技場の人気魔物のヴァルゴを失うのは我々にとって痛手だ。早急に何かしらの手筈をとろう」
ヴァルゴは殺処分行きが宣告された。
前脚の損傷が激しく、角も折れている。
颯爽と駆けられない。
美しく象徴的な姿を失った。
観客が望む姿が見られないのであれば、ヴァルゴは闘技者でなくなり、ただ無防備な高級な素材に過ぎなくなった。
それに待ったをかけたのがガラプ。
相手に言われるまま提示された額を承諾。
一軒家が三つ新築で建てられる額を約束した。
「全く貴方は……後先考えずに」
「わーってるよ! 悪かったっつうの!! 別にいいだろ、払えない額じゃ無いんだから」
「そういう問題じゃなくて……まあいいわ。それよりアーメットは?」
「シラネ。あんたと別れた後、用事があるとかでどっかいった」
「用事?」
「ハイ、用事があり一時抜けていました。ご心配をおかけした事、彼女から目を離した監督不行届をお詫びしますメイド長」
アーメットは護衛の間から抜けて出て来た。
表情は読み取れないが、声に落ち着きがある。
彼の出自を知っているメイド長は察する。
「三者三様に思い出を創られたご様子。この金樹、嬉しい限りで御座イ……」
満面の笑みで皮肉を走らせる。
こういった相手を帰り際に相手取る事がどれだけ不毛か、メイド長はよく理解している。だからこそ、誠心誠意で真正面から誠実に対応する。
「この度は急な来訪にも関わらず、お話を聞いてくださりありがとうございました。ネイヴには、金樹様にはよくしてもらったとお伝えします」
「……そうしていただけると、幸いです」
三人はエスカレーターに乗り上へと帰る。
ヴァルゴを乗せた牢屋。そしてそれを繋いでいる馬車と帰路を任された護衛達は地上で待機している。
金樹、護衛ら一同は頭を下げ続けた。
周りの人が稀有な視線を送ろうとお構いなしに。
数分が経過した後、金樹は頭を素早く上げた。
「得は積めましたか?」
その他大勢が一斉に頭を上げる。
そして三人の護衛が前に立ち跪いた。
「ご命令に従い、メイド長からの献上品は既にオークション会場へ。支配人には出所は不明で売り出す様に指示。それに伴い情報統制、情報屋には彼らがここに訪れたという情報を占うように根回しをしました」
「うんうん」
「闘技場、双は試合時間の空きを埋めることに成功。更には先の試合の熱狂を失わず、且つ決着の曖昧さから次の試合のハードルもかなり抑えられた様子。賭け札はよく売れています」
「うんうん」
「ヴァルゴの素材は可能な限り採取済み。折れた角は勿論、蹄やタテガミに尻尾の毛、血液や露出した骨も幾つか除いておきました。それらを『鮮血の御令嬢 ヴァルゴの品』と題して売り出し付加価値を付けます」
「……三得、いや四得だな。ネイヴ先生との縁を作れた。彼の蘇生の技術は莫大な価値を生む。独占は難しくとも、協力関係でいられたなら……いや、時期尚早か。今は目先の商売に着手しよう。それによってどう転ばすか、だな」
金樹は指を二本構える。
そうすれば護衛は懐から常備している葉巻を取り出して、指の股に置いてくれる。
「……ンフフ、彼らはきっと驚くだろうな。屋敷に帰ったら。それにそろそろ一波乱起きそうだ。引き続きネイヴ関連の情報は買っておけ。以上、解散」
全員が持ち場に戻る。
金樹はただ一人、道の真ん中で葉巻を吹かしながら、遠く小さくなった三人を屈託のない笑顔で最後まで見送った。




