一角獣
「やったぞおおおお!!」
「(やったぞおおおお!!)」
解説役のオーナーは激しく高揚していた。
試合が想像以上の激闘である事に。
試合の中継ぎとして十分足り得る事に。
「異種格闘技対決ゥ! 初っ端を制したのはまさかの新人ガラプだア!!」
「(イイゾイイゾ、足掻け! もしくは勝っちまってもいい!!)」
「何であの攻撃食らって平然としていられんだよ! 身体に何か仕掛けでもあるんじゃねえか!?」
「見たよ! 見たよな!? 馬の身体を持ち上げやがったぜ!!? ッベぇよあのオーク!」
「あの状況から脱してみせるなんて……流石はヴァルゴ、経験値が違うわ」
会場は大盛り上がりは当然だろう。
馬体を持ち上げるという類を見ない意外性。
脱出不可能と思われた状況から脱した底力。
読み合い探り合いの段階でこのエンターテイメント。
「コレは思わぬ下馬評返し! 皆様、お手持ちの札を投げ捨てる準備はよろしいかな?? 今日は一段と良く舞いそうだ〜」
「うるせえぞ馬鹿野郎!」
「金返せ!!」
「(適度に煽れば、後はこん畜生精神でまた次にかけてくれる。それもこれも彼女達が頗る良い試合をしてくれてるおかげ……)この調子なら普段通りの会話ペースでも事足りるな〜塗り塗り」
白熱した試合で白塗りが溶ける。
姿勢を屈めて、テーブル下にある備え置きの白塗り。
即席ではあるが、観客席からは距離がある為これで十分。そもそも誰も試合中に遠くのオーナーの顔を凝視する事は無い。
コレはあくまで気分の問題。
怠ればパフォーマンスが下がる。
そんな気がするからに過ぎない。
「よしっ……よぉ〜し! 気分再点火、もう時間を延ばすとかはナシに、一試合としてやったりますかッ!」
「失礼するよオーナー君」
ノックもせず、オーナーの返事を待たず、
部屋の扉を開けて入って来る誰かしらの声。
ここはオーナーの独壇場であり聖域、
解説中は誰も入ってはならないというルールは、この闘技場で働く従業員がいの一番に教え込まれるところ。
故にそのルールを無視する相手は格上の相手。
そんな人間は限られているし、
そもそもこの国で働く人間は、彼の声を知らないわけがない。
オーナーは入れたばかりの仕事モードスイッチを切る。
回れ右をして膝を突き、平伏の構えをとる。
「金樹様、一体何事でございましょうか……! 売上に不備が? それとも抜けた時間を有効利用しているかの視察で……」
「オイオイ、来て早々に印象を悪くするような態度はやめてくれ。今は大事なお客様を連れてきているんだから」
肩に手を乗せられる。
ただそれだけの事なのに、
上司が部下にそれをやると圧迫感が生まれる。
許可を得て、下げた頭を上に上げる。
金樹の側にメイドが一人立っていた。
新しい使用人かと思ったが、周りに他の人がいない。
使用人である筈のメイドが大事なお客様。
「まさかそちらの女性は彼の所の……」
「ほっほ、話が早くて助かるよ。そう彼女は……ネイヴ先生の所の使用人だ。しかも統括」
「そんな方が一体何用で此方に……あっ、試合を特等席で観覧されたいのであれば、椅子をご用意してっ」
「違う違う、実は色々と手違い……じゃあないな。今試合場で大活躍している彼女。彼女もネイヴ先生の所の使用人なんだよ」
「……解雇された彼女を呼び戻しに?」
「違う違う違う、そこも色々と複雑で……」
「彼女が自由時間中に勝手に闘技場に出場したので、呼び戻しに参った次第です」
周りくどい金樹の会話を纏め上げた。
「そうそうそういう事で御座イ」
「でしたらやはり椅子が必要でしょう。試合は先ほど始まったばかり、ロクなものはご用意できませんが、飲み物とつまむ物をっ」
「試合を止めていただくことはできませんか?」
「無理ですね、それは無理な話です」
メイド長の要求に即座に『無理』を押し付ける。
条件反射で出た言葉。
相手が上司のお客だと、言った後に思い出す。
身体に冷たい風が通る感覚が。
恐る恐る上司である金樹に視線を移す。
「オイオイ、そう即決で答えるもんじゃあないよ。なんとか出来ないか? 色々と事情があるんだよ。話せば長い、事情がねえ」
口では今の行いを律している。
しかし覗き込んだその顔は。
メイド長に見えない様にしているその表情はとても穏やかで、怒りなどこれっぽっちも無い顔をしている。
すぐさまオーナーは察した。
自分が反射的にとった行動は正しかった。
つまり表面上は試合を途中で止めたがっている風を装っているが、上司の意志は試合の続行であると。
であれば仕事モードに切り替える必要がある。
頬を二度両の人差し指で触する。
「いくら金樹様といえど、コレばっかりは……」
「どうしても無理なのでしょうか。彼女が傷付く姿を私は……とても見ていられません」
「非常に申し訳ない。しかしながら何度も申し上げた通り、コレばっかりは仕方がない。……そぉれぇにい〜、選手登録の時に説明はしました。義務なので『闘技者は闘技の場において負ったあらゆる全ての死傷は自己責任である』ってね〜。分かったら仕事に戻らさせていただきたく存じ〜、観客の皆々様が私を待っていらっしゃるので〜!!」
仕事モードの切り替える。
金樹の表情は相変わらずにこやかだ。
正しい行動しか選んでいない。
上司にとってこの試合の結果はどう転んでもいい。そういう風にオーナーは解釈した。
メイド長は深いため息を吐く。
彼女の言葉通り、仕事仲間の傷つく姿は堪え難いのだろうと解釈する。
「ご安心下さい! ご友人は規格外な強さをお持ちだ。今もヴァルゴ、試合相手の一角獣の蹴りを腹と顎に食らって平然としているんだ! 角で切り傷を。ほんのちょっぴりの傷さえ貰わなければ、勝てますよーきっと」
「? 何か勘違いをなさっていらっしゃいます? 私はガラプの心配なんて少しもしていませんけど」
「……へ? だって今彼女って」
「? ヴァルゴさんは女性なのでしょう?」
メイド長とオーナーの間に認識の差がある。
数秒の思考の後にその事実に二人は気付く。
少し話す必要はあるが、すぐさま納得出来る程度の差。
【(殺ス……!!)】
メイド長はオーナーから視線を外した。
明確な殺気を感じ取ったからだ。
ただの殺気であれば闘技場では普通と無視していた。
「!?」
「……ッハッハ!」
メイド長は目を見開き驚いた。
少し遅れて金樹は素で笑った。
背を向けたオーナーはそれを見れなかった。
解説役として大失態な事だが、それはどうでも良い。
解説席の前には吹き抜けの窓がある。
そこからならば試合を見渡せる。しかし当然、入り口付近の二人には試合の状況を把握できない。
だが二人は目撃した。
試合場の地面から解説席までは高さ数十メートル。
その普通であれば到達できない高度に、
一角獣が駆け上がって来た様を。




