狭間のスペシャルマッチ
次回から戦闘が始まります!
今回は選手紹介!
選手入場口の頭には蛇の彫刻がなされている。
東と西、それぞれ初期の頃は全く同じ形だった。
しかし長年選手達の闘争を間近で見続けた彼らは、時間と共に形を変え、今や制作当時の如何にもない蛇像で無くなっている。
東頭の蛇像は半分砕けている。
度重なる打撃、斬撃、衝撃を受けその体はボロボロ。
いつ砕けてもおかしくない東の入り口を守護する蛇。
ここから出てくる選手は純粋な力を誇示する選手が多い。
「異種族最強は誰だ!? 魔法に愛されたエルフ族? 集団戦最強ゴブリン族?? 獣人なら狼族が欠かせない??? んー何々、人を異種族と見るかだって? だったら加えて言いましょう、悪知恵なら誰にも負けない人族???? 長年議論されてきたこの議題に今、私が結論を言って差し上げましょう。彼女こそ最強の種族の先触れであると!!!!!!」
東頭入り口に焚かれる大量のスモーク。
恒例の選手登場の演出だが、飽きる気がしない。
観客は子供みたいなキラキラとした眼で見入ってしまう。
「魔法が何だ この裂ち切れんばかりの上腕を見ろ! 敵が何百何千だろうと 誰であろうと我が下肢を崩す事は叶わない!! 畜生如きが私の前に立つな!! 我々の下位種族が最強を名乗るだなんて烏滸がましい!!! いいかよく聞け、我々こそ最強種族だ!!! 翠色闘争神オーク族、ガラァァァァプ!!!!!!!」
右腕を高らかに上げながらの登場は正解だった。
観客は新参者の彼女に釘付けで熱狂だ。
「オーク族の登場かよ!!」
「コレはさっきの試合に負けず劣らずな試合になっかもな!」
「いい筋肉……ヘタな男よりも雄々しいわぁ」
「何という傷の数……! 流石は生涯戦場に身を置く種族か……」
ガラプの格好は非常にシンプルだ。
皮の上下以外、何も身に付けていない。
鎧も盾も武器も。
肉体を邪魔する物を極限まで削いだ純粋な姿で登場した。
「悪くないね……観客のいる戦いってのもな!」
観客の興奮が冷めやまない。
本来オークという種族は、
『こんな場所』に居ないはずの種族だからだ。
故に珍しい、故に熱狂する。
オーナーはこういった時の対処法は熟知している。
マイクをわざとハウリングさせるだけでいい。
あの音はどんな場面であろうと掻き分けて、耳を持つ生物に不快感を与えてくれる。
「失礼皆さん、機材の調子が悪いみたいで……っね?」
お決まりのパターンに全員が笑う。
そして興奮を抑えながら、次の選手を待つ。
誰が出るのか、オークに見合い相手はいるのか。
そんな疑問に答えてくれたのはオーナーではない。
乾いた血に染まった蛇像が守護する西頭。
暗い穴の先からから馬の嗎が聴こえてくる。
「女王様には令嬢がお相手仕る! 彼女は見るも美しい御令嬢……新雪の如く染まった身体、色気を振り撒く薔薇色のタテガミ、月夜に怪しく光る金色の一本角」
西の選手入り口から悲鳴が聞こえてくる。
それと『ぐしゃり』という水の弾ける音。
そしてそれが止むと、また嗎が聞こえる。
「遠目で見るには美しい令嬢……しかし近くで見ればたまったもんじゃない! 自分の縄張りに入る者は例え同族であろうと容赦無く踏み砕く!! 言葉を理解し魔法を扱うくせに聞く耳持たない馬の耳!! 黄金は人を不幸にする色、彼女の角の素材は猛毒! 傷付けられれば最後、角を煎じた特別な薬でなければ毒は癒せない害ある獣!!!」
蹄の音が聞こえてくる。
先程の阿鼻叫喚、勝利の雄叫びとは打って変わり、
まるでガラプに聴かせるように、ゆっくりとした足取りだ。
「そんな彼女の種族の異名は『悪役の御令嬢』!! ただでさえ物騒で近寄り難い異名ですが、ここの御令嬢は更に物騒だぞ! ガラプ、覚悟の準備はいいか??? 準備ができてなくても関係ないぜ! 鮮血御令嬢 一角獣ヴァルゴォォォォ!!!!」
美しい純白の馬体は世話係の返り血で紅い水玉模様に。
ほんの少しだけ残った美しい薔薇色のタテガミは、やはり返り血が染み付いていて、酷く濁った色合いに変色している。
そんな中で金の角だけは言葉通り黄金色をしている。
「……変わった蹄だな馬」
先程聞こえていたぐしゃりという音の正体。
それは世話係の臓物の音だった。
ヴァルゴは一切の容赦無く、自分を縛る鎖を解いてくれた世話係の身体を踏み抜いた。貫かれた身体は蹄に引っ掛かり、ヴァルゴはそれを外すことなく登場した。
「ブルゥゥ!」
殺気だった瞳を向けられる。
ガラプの後ろの観客は、自分達に向けられたものではないと知りながらも怯えてしまう。
「いいねイイね良いね!! 久々だよお前みたいな奴は! そうこなくっちゃ、抜け出してここに来た意味がないっtrもんだ!」
ガラプはファイティングポーズを構える。
だが二人の開戦はフィールド中央を遮るように張られた魔法の壁に遮られ、一時中断する。
「あ? 何だよおい!?」
「へいへい、事前に説明したろガラプチャン。おたくらの闘いの前に、観客様方の品定めを挟むって」
改めて周りを見渡す。
続々と観客達はこの試合の賭け札を買いに売場へ駆け寄せた。
賭け札とは誰が勝つかを予想する札。
札には何時誰に賭けたか、幾ら賭けたかが記されている。
「お預けかよ……ったく」
ガラプはヴァルゴの方を見る。
するとヴァルゴは子生意気に笑っている様に見えた。
馬が人を馬鹿にして笑う。
想像しづらいだろうが、ガラプにはそう見えた。
一角獣は言葉こそ話せないが知性がある。
魔法を巧みに操れるのが高い知性の証拠。
そしてヴァルゴは選手歴が長い。
新人のガラプよりも、試合のルールを熟知している。
オーナーの説明も飼育牢まで聞こえてきていた。
「(人の話を聞かない、汚いヘドロ色の肌の種族が)」
そんな風に思っている。
そしてガラプはその小馬鹿にした考えを感じ取った。
勘違いだとは思わない。
絶対にそうだという謎の確信が闘争心を掻き立てる。
「……久々に全力で戦るぞコラ!!」
オッズの結果は【ガラプ2:ヴァルゴ8】になった。
「オークには悪いが、相手が悪すぎるよ」
「だな。ヴァルゴはこの闘技場の中でも古株だ」
「戦績は十一戦十一勝零敗。全試合で相手選手を殺した鮮血の御令嬢! 強すぎてここ最近は試合を組まれなかったからな。鈍ってショボい試合はするなよー! ぉぉ、睨まれた……」
「勝ち目があるとすれば、オークの戦闘能力。ガラプとかいう彼女がコレまで、どれだけ闘いの場に身を置いてきたかで決まるな。……どうしたさっきから?」
「いや、まさかな……だけど……オークでガラプという名前だろ? あの有名な所の使用人にも同じ名前がいた気が……」
二人を遮っていた壁が消えて無くなる。
代わりに選手入場口に壁が生まれる。
決着がつくまで敗走は無しというルール。
「さァァ、試合のゴング何てありゃしないぞ!! あるのは選手同士の睨み合い読み合い……そして先制攻撃だァァ! 私が眠っちまう前に、さっさとおっぱじめてくれよぉ!!」
言葉通り試合開始の合図はない。
あるとすれば、遮る壁が取っ払われた瞬間だった。
古株のヴァルゴはそれを理解している。
開幕と同時に突き殺した事は二度ある。
だが今回はそれをしなかった。
小馬鹿な態度は精神的な戦略。
普段はしない小賢しい真似をヴァルゴが取った。
その理由は相手への敬意、そして警戒だ。
ガラプはゆっくりと構えを直す。
「来いよ畜生、先制攻撃はくれてやる」




