アゲろボルテージ
仕事における重要な事。
その質問に明確な答えはない。
仕事仲間との関係 力の抜き加減 時間の最適化
どれも答えであり、決して間違いではない。
この問いに対する答えは各個人が独自に持ちうるもの。
長年の仕事に携わり、結果出した結論が答えなのである。
双のオーナーにとって仕事における重要な事。
それは仕事とそうでない時の切り替え。
オンオフの切り替えこそが、仕事で重要だと考えていた。
喉が潰れれば廃業、お役御免の解説役。
長くこの座に居続ける為には、切り替えが何より重要だった。
オフの日は全てを徹底した。
飲み物は常温で刺激物は口にしない。
声は極力出さず、出しても小声。
手洗いうがいは念入りでここ数年、風邪知らず。
寝る時は口を覆うマスクをすれば喉の痛みが抑えられると耳にしてからは、特注で作らせた高級な布マスクを付けて寝ている。
全てはオンの日の向けた下準備。
何故ここまで仕事に忠実なのか。
金の払が良いという理由は最初期の時だけ。
今は単純に仕事が好きだからというのが大きい。
白塗りの顔は普段地味顔の素顔を隠しお茶ら気てくれる。
真っ赤な紅の唇は観客の目を引き、注目を集める。
観客からは殆ど見えていないが、格好も奇を衒っている。
「金樹様、今日という幸運を授けて頂き感謝いたします。この双のオーナー、全身全霊を持って……盛り上げさせて頂きマアアッス!」
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闘技場は終わりの雰囲気が漂っていた。
ここの売りは途切れない闘技。
試合→休憩.賭け→試合を繰り返す事で、
観客たちはやめ時を見失い、更には会場に残った熱気で次の闘技者の闘志も高まる寸法を取っていた。
だが何度も言うように今は異例の事態。
先の試合は二時間のスペシャルマッチで組まれていた。
内容としても申し分ない、強者同士の激闘が予想された。
実際、賭けの割合も拮抗していた。
誰も予想だにしていなかった。
大迷宮牛鬼が一瞬で倒されるなんてことは。
一時間五十分、丸々二時間の大余り。
休憩を挟んだとしても一時間半の空き時間。
幸い瞬殺劇に対する観客の反応は悪くはなかった。
だが観客も試合が予定より早く終わったことは理解している。そう早見表に書いてあるから。
この闘技場の性質上、
次の試合までは空き時間だろうとも察している。
「どうする残りの時間。待つか?」
「待つにしたって、なーんも無いぜ。ここは戦いが売り何だからな。それとも売店で食い繋ぐか?」
「腹、そんなに減ってないな」
「……上層に上がってトランプでもするか」
「だな」
続々と席を立つ観客達。
彼らは熱狂的な闘技場マニアである前に博徒なのだ。
博打を始めれば最後、金を打ち終えるまで席を立たない。
そして結果はどうアレ、打ち終えれば満足感で包まれる。
そうなれば戻っては来ない。
時間を埋めると言う口実は脳から都合よく忘れ去られる。
それだけは避けなければならない。
「みィィィィな様アアアア!!!! 先程の試合は、実に実に実にッ波乱万丈予想不能な素晴らしい試合だったのではないでしょうかァァ!!!!」
オーナーの爆音の声が闘技場中に響き渡る。
誰もが耳を塞ぎ、ほんのちょっぴりの苛立ちを抱いた。
そして足を止めて、彼がいつもいる解説席に目を向けた。
「何だ何だ?」
「一体何をおっ始める気だ?」
「瞬殺劇に胸を躍らせたのは私も同様。まさかまさかで、べっとり塗った白いお肌が溶けて、塗り直す羽目になっちゃいましたッ!」
オーナーが持っているのは有線マイク。
線の先は幾つかの拡声器に直接繋がっている。
「相変わらずのデカ声だな。耳がキンキンしやがる」
「他の闘技場と比べても群を抜いてる。日常では聞きたくないが、ここでならずっと聞いていたい」
これまで積み上げてきた信用が物を言う。
席を立ち上がっていた観客が続々座り始めた。
オーナーが何かをする。
その何かを知る為だけに、腰を上げ下げしてくれた。
「さあてさてさてぇ! そんな私が再び顔を塗りたくり参上致しましたのは理由。皆さん聞きたいですよねえ???」
「早く言えー!」
「引っ張るな引っ張るなー!」
観客達もノってくる。
この闘技場特有の観客との距離感も醍醐味の一つ。
野次られ、オーナーは身振り手振りを多く反応する。
できる限り時間を延ばす。
自然なくらいに、できる限り時間を引き伸ばす。
「失礼失礼、ではでは本題をば。ゴホンッ! 先程の特別試合は二時間を予定していましたが、まさかまさかの瞬殺劇でしたあ。余った一時間以上の試合時間。我々が彼の選手の実力を見誤ったせいで起きた、あわわな事態。皆様にはあらぬ誤解を招いた事でしょう。『この時間は暇な時間』だという誤解を」
解説席には資料がばら撒かれている。
直前までオーナーは煽り文句を考えていた。
新規登録選手に関しては、
パッと見の外見と対応した部下の印象しか分からない。
それだけでも文句は構築可能だが心に響かない。
余りに乏しい。
「でェェすがご安心下さい!! 我々は常日頃、準備を怠りません! この時間をただ『余らせる』何て無一文な事、私は勿論、金樹様だって許しちゃくれませんよオオオオ!!!」
だから掻き集めた。
オークという種族に関する資料を。
流し読みの付け焼き刃だが、足りない部分は経験則でカバーする。
「おおおおおお!!!」
「オイオイオイ、急拵えのクソみたいな闘技者じゃねえだろうな!」
「くだらない試合だったら賭けねえぞ!!」
観客のテンションも盛り上がっている。
こうなれば後はこの状態を保つだけ。
それだけがオーナーのやるべき仕事。
それ以上は無粋であり無価値。
「(頼むぜ頼むぜ新人闘技者チャン!? これだけお膳立てしたんだ。瞬殺劇だけは勘弁してくれよ!!?)さあさあ、いよいよ試合開始の鐘を〜〜〜鳴らす前にちょいと説明を。本来試合の前後に行う休憩時間ですがッ! 今回の試合は急遽取り決めた試合の為、選手紹介の後に十分間の休憩時間を挟ませてもらいますッ!」
当然の処置である。
あくまでここは賭けの場所。
賭けをする時間を設けるのは当たり前。
更には時間も稼げて一石二鳥である。
「ッさて! 私のつまらない業務連絡はここら辺で終わりにして〜……選手紹介、やっちゃっていいかなああ!!??」
闘技場の外にまで伝わる大熱狂。
ここまでアゲた以上、後引けない。
「(頼むよ〜……)先ずは東頭から、選手紹介だアアア!!!」




